華道家 新保逍滄

2020年12月21日

専応口伝と異文化における生花

 「瓶に花をさす事、いにしえよりあるとはききはべれど、それはうつくしき花をのみ賞して、草木の風興をもわきまえずたださしいけたるばかりなり」専応はこの口伝の序文で、生花の誕生を宣言しています。上記の引用は、生花誕生以前の状況を語っているわけです。花の美しさだけをありがたがっている、草木の面白さに気づいてもいない、と。そういう人々とは決別して、生花を誕生させたんだよ、と。ふと、思ったのは、海外で華道家としている活動している私の現状と生花誕生以前の状況が似ているではないか!ということ。ありがたいことに私は商業花の依頼もよくいただいています。この写真のような花も作ります。クライアントの満足を第一に考えなければいけません。日本とは違います。草木の風興をわきまえていない方も多いのです。もっと花を入れてくれ、もっとカラフルに、長持ちさせてくれ、いろいろなリクエストがありますが、生花が根本からわかっていない方がクライアントの場合、困ることが多いのです。ひどい時には、不愉快な経験をすることもあります。生花の修養を積めば積むほど、クライアントのニーズから離れていく、時にそんな思いを持つことさえあります。これはなかなか辛い。私の言うクライアントとは生花の生徒も含まれます。生花の本質的なところを教えようとすれば、生徒から煙たがられる、そういうこともあります。生花の本質的なところは基本型にある、というのが私の考えです。枝物2、3本、花2、3本で生花の原理を体現していく、その辺りに生花の本質があるのではないかと。Zoom...

2020年11月18日

Zoom 生花道場カリキュラム:人気のない基本型

 Zoom 生花道場のカリキュラムには基本型を含めたい、と思っていました。このブログでも何度か生花の基本型について書いてきました。生花を外国人に教える難しさについて、ということで。基本型を厭う生徒が多いことと、我流生花が多いこととは関係があるように思えてなりません。調和のとれた詩的な基本型が作れない方には、調和のとれた詩的な自由花は作れないはずです。実は、基本型を嫌がる方こそ、基本型をもっと練習しなければいけない!そういう場合が多いのです。しかし、嫌がりますね。「もっと基本型をやらないといけないよ」とアドバイスしようものなら、まるで「侮辱された!」とでもいうような反応が返ってくることもあります。しつこくやらせたら、教室をやめていった生徒がいたという話もこのブログで書いたことがあります。それにしても強調したいのは基本型の重要性。基本型には生花の詩性の根本が含まれています。そこを体得しないことには、おかしな方向へ行ってしまうのではないか?その習得不足が、諸問題の元凶のひとつかもしれない、とまで思ってしまいます。Zoom...

2020年10月27日

危うい言葉

 病弱の方とか、酔っ払いとか、フラフラ怪しい足元の様子というのは、一眼でわかります。ほんの数センチでしょうが、本来の位置からはみ出しただけで、少し動きが不自然だな、危ういな、頼りないな、と感じるものです。特定の人の言葉遣いに、同じような危うさを感じることが時にあります。何度か私の感じている違和感を説明しようと試みてきましたが、上手く納得してもらったことがないのです。すると、こんな感じを持つ人は、あまり多くはないのでしょうか?例をあげましょうか。ある方は、ご自分の祈りとして、息を吸う時に「讃美」、吐く時に「感謝」と唱えるのだそうです。宗教的な、霊性に関わるような著作も多い方の言葉です。こんな言葉に出会うと、私は「危うい」とすぐに感じます。とくにそれが宗教的な文脈で語られる時、ほとんど拒否反応が起こります。「讃美」「感謝」!ヒエ〜!本当に魂から湧き出る言葉というのは、そんな教科書のような、あるいはおしゃれな、それでいて安っぽくて軽薄な流行歌の歌詞のような言葉ではありません。危うさ。耐えがたい言葉の軽さ。さらに場合によっては欺瞞さえも感じてしまいます。ことあるごとに名著として紹介するのは、スコッツペックの「平気で嘘をつく人たち」(People...

2020年10月18日

Zoom 生花道場11〜12月の予定

 11、12月は、基本型をもう一度見直してみようというシリーズです。初心者にも入りやすいことでしょう。上級者は基本型の中に含まれているデザイン原理にもう一度意識的になっていただきたいと思います。できればテキストブック・レベル!(と教室でコメントしたりしますが)の基本型を目指してください。Zoom Ikebana D...

2020年9月17日

2020年9月10日

Zoom 生花道場への序論

 Zoom 生花道場についてはいつかきちんと成果を報告したいと思っています。失敗もありますし、成長し続けるものでしょうから、途中報告と言うことになるでしょうが。始めてから2、3ヶ月でしかないですが、いろいろな試行錯誤を重ねてきています。ですから、いけ花で、あるいは他の科目でオンライン指導を導入したいという方に、私たちの経験は幾らかは参考にしてもらえるのではないかと思います。私たちの回り道や苦労を避けてもらうということになるかもしれません。以前も書いたことですが、気楽に始めたのです。メルボルンのロックダウンはなかなか解除されないので、ちょっと始めてみようかといった具合。それがとんでもないことになっている、様な気がします。ともかくよく考えさせられます。自分の能力が試されている感じがします。特に必要なのは、2種類の思考力ではないかと思います。一つは、コースデザイン力。指導内容をどの様に伝えていくか、と考えていく力。これには実は私が大学院でやった応用言語学のトレーニングが役立っています。ひとつの成果は新しいいけばなカリキュラムを作ってしまったことでしょうか。国際社会に適応できるいけばなの指導モデルとは?などと考えた人はおそらく今までなかったのではないでしょうか?伝統的な指導を英語に「翻訳」する試みはあっても、そこに「創造」はあまり求められなかったのではないかと思います。もう一つは、問題解決力。と言ってもうまく言いえていませんが。問題が起こります。その原因を分析します。そこで従来の方法を改め、根本まで掘り返し、全く新しい方法を考え出す創造力、です。実は、これは私が20代の頃に起業して、ずっとやり続けるしかなかったことです。ビジネスの世界でサバイブする根本の力だと思います。と言っても私など、スケールの小さい世界でチマチマやってきたに過ぎませんが。こうして新しいアイディアが生まれた時というのは、実に嬉しいものです。病みつきになるほどです。もちろん、それが即、問題解決につながったり、利益につながったりということにはならないかもしれませんが。この興奮は学問でもよく味わってきました。テキストの新しい解釈に気づいた時など、これは大発見だ!などと、一人で悦に入るということになります。他の方に認めていただけるかどうか、これはまた別の問題になりますが。そんなところが私にはあります。オンライン指導を始めてみると、次々に新しい問題が生じ、対策を練っていかないといけません。それが実感です。ですから、与えられたレールの上を安穏と生きていけばいいという生き方をしてきた人には、オンライン指導で成果を出すということは難しいかもしれません。とはいえ、不器用な私たちがあれこれ考え込んだり、つまづいているところをスイスイ乗り越えてうまくやっているという方もきっとあることでしょう。そこがこの時代の面白いところ。ひとつの大きな課題は、ZOOMをどう指導に使うか、ということ。オンライン指導は対面指導にかないません。マイナスの点ばかりです。でも、プラスの点もあります。そこを徹底的に洗い出していきました。私がよく考えていたのは、織田信長の鉄砲についてのエピソードです。確かに威力はあるが、火をつけてから弾丸を発射するまで数分かかる。しかも命中率は低い。これでは戦場で使い物にならない、と多くの大名が相手にしなかったものを、信長は使い方を工夫して大きな戦力にしたという有名な話です。史実かどうかはわかりませんが、ZOOMには使い方次第で、きっと鉄砲の様な力が見つかるはずなのです。ZOOMを従来のワークショップ型の指導の枠組みの中で使っても、それを生かし切ることにはなりません。オンライン指導をいかに対面指導に近づけるか、という発想では新しいものは生まれないでしょう。オンライン指導を対面指導の「代わりに」使うという発想ではなく、対面指導とは「別のもの」と考えて、オンライン指導の特徴、強みを活かす方法を探る方が生産的である様に思います。結局、「学ぶ」ということを突き詰めて考え、従来の学びのモデルを壊し、新しいモデルを考えるということになりました。もちろん、ここで「そんな新しい学習方法にはついていけない」という消費者が出てくることは当然です。その問題への対処もまた難しい。そこで、マーケティングです。新しい学習モデルができてもそれを上手にパッケージにし、様々な方法でPRしていかないことには商品として成立しません。私たちには大きな資本があるわけではありません。主導役の私の実力、知名度もたかが知れている。出発点がかなり厳しいのです。ナイナイづくしの中で、あるのは優れたスタッフのみ。と言っても皆、ほとんどボランティアです。「将来、お金が入るからね、多分」と説得し、あれこれと協力してもらっているのです。驚くのは、スタッフの熱意。「こんないけばな指導プログラム、世界で一つだけだ、誰にも真似ができない、いけばなを世界に広げることになる」などと皆、大変なプライドと情熱を持って取り組んでくれています。この熱血集団のためにも、多少でもお金になってくれるといいのですが。どうなりますか。スタッフに協力してもらったのは、まず、親しみやすい、品のあるロゴ作成。これは欠かせません。ロゴのフォントを選ぶのにも数日議論しています。そしてYouTubeの活用。ビデオ編集、SNSの活用など、私には手の回らないことが多いのです。日本からもZOOM...

2020年8月20日

作品集 「新保逍滄2020」

 作品集 「新保逍滄2020」ようやく完成しました。eBook - Aus$4.99以下、右側の拡大アイコンをクリックするとサンプルをご覧いただけます。 はじめにこの作品集「Shoso 2020」は「Shoso 2016」以降の作品、2016年から2020年までの新保逍滄の作品を紹介するものです。この間の活動の焦点のひとつは環境芸術における生花の可能性の追求であったと言えそうです。環境破壊の元凶が資本主義でありながら、資本主義のシステム内でしか環境芸術は存在できないのでしょうか。純粋な環境芸術のひとつの形は「贈与」にも似た概念芸術ということになるのかもしれません。相手を決めず、報酬を求めず、できれば匿名で贈る行為。それは自然界の隅々にまで浸透する資本主義に対峙しうる最後の砦。あるいはそれを本物の精神文化と呼んでもいいのではないでしょうか。すると「贈与」は日々の生花の修練が深いところで意味するものとも似通ってくるようにも思えます。孤軍奮闘の折にふと浮かんだ想念です。IntroductionThis...

2020年8月18日

思い出すこと:留学生として

出版予定のeBook作品集のために自分の略歴を用意していて、学歴は少し普通じゃなかったな、と思いました。自分で選んだ歩みなので私には不思議でも何でもないのです。自分の中では一つに繋がっています。しかし、日本学修士、教育学博士、美術修士と進みましたから多くの方からすると、何だこいつ?と思われても仕方ないでしょう。本物の学者は普通、一処で頑張るものですが、あちらへ行ったりこちらへ行ったりしているように見えるでしょう。自慢話になるでしょうが、少し説明してみましょうか。歳をとると自慢話が多くなるようで。日本の大学を卒業す...

2020年8月16日

2020年8月12日

2020年8月8日

生花道場 2020年8月の予定

 日本の皆様のご参加歓迎いたします。日本語案内15 August 2020Special Program - Using more than 5 materialsApply by 11 August 25 August 2020Special Program with Mr KatayamaApply by 11 August - New Deadline!Mr Katayama agreed to facilitate 2 sessions on 25 August. A few more extra...

2020年7月27日

孤軍奮闘 ー 作品集出版に向けて

まもなく作品集を自費出版します。と言っても安価なeBOOK 主体なので、どれほど広く行き渡るのか、怪しいところです(ハードカバーの実物版も注文できるのですが)。「Shoso 2020」として、前回2016年版の続きということになります。過去4年間の活動をまとめたものですが、私にしては忙しい日々を過ごしたものです。時に自作を振り返ってもみるのもいいかもしれません。都市封鎖継続中のメルボルンですから、いい機会です。反省点は多々ありますが、いくつか気付いた点があります。まず、一つは自分の作品のスタイルができてきたかな、ということ。それがいいことなのかどうかはわかりませんが、ともかく、全体的にクリーンな傾向が強まっているように思います。以前と比べて、より単純で、清浄な方向へ向かっているように思います。なぜこうなったのか、と考えているのですが、私のアート系の関心の出発点には車のデザインがあったせいかもしれません。子供の頃、車のデザインを無数に描いていたものです。車を見る目というのは、かなり発達していたように思います。説明が難しいのですが、例えば、ある車の新型車が発表されたとします。それを横から見て、テールライトの位置が以前のデザインより数センチ下がっただけで、すぐに全体からして「低すぎる」と気付いたりします。そういう目というか、感覚は生け花でも生きていると最近気付きました。おそらく似たような経験は多くの方がお持ちでしょう。車でないにしろ。子供の頃の経験には不思議なものがありますね。もう一つ、4年間の活動をリストにしてみて、ふと、思い至ったことがあります。生け花の世界から現代芸術の、殊にその環境芸術に殴り込みをかけるという無謀な取り組みをやっているのは、おそらく世界で私一人ではないか?と。自分ではそこにやむにやまれぬものを感じ、非力ながら取り組んできたのですが、「こんなこと、他の華道家の誰もやっていないではないか」と今更ながら気付き、少し愉快な気持ちになりました。だから誰にも分かってもらえないし、相手にもされないのか、と妙に納得。好きなことをやっているのだから、共感者が得られないのは当たり前、と覚悟するしかないのでしょう。作品集には以下の活動歴を掲載予定です。孤軍奮闘のひとつの成果として、ユネスコの学術誌に環境芸術についての論文が掲載されました。次の段階への小さなステップができたようにも感じています。「Shoso...

2020年7月11日

生花入門

色々な機会があるごとに生花入門レベルの雑文を書いてきました。商業誌からユネスコの学術誌まで。それらを以下のページにまとめてみました。生け花の歴史や文化背景については、日本語でも出版物が少ないですね。井上治さん(京都芸術大学)の『花道の思想』(思文閣出版)は稀有で重要な著作です。英語となると、さらに生け花の資料が少ないですから、多少ともお役に立てるかなと思っています。生け花はただのクラフトではなく、思想的にも深いものを持っているかも?などと多少でも感じてもらえたらありがたいものです。Ikebana Beyond A...

2020年6月17日

生花道場カリキュラム

コロナの影響もあってオンラインで生け花指導ができないか、と考えはじめました。すでに多く方が取り組んでおられますね。あまり大きな期待も持たず、気楽に始めたのですが、これが大変なことに!頭を絞りに絞る、大変な時間を食うプロジェクト、生花道場になりました。おそらくもっと楽で、いい加減な方法もあったと思うのです。あまり儲からないプロジェクトなのだから、と割り切れば。Zoomをどう効果的に使うか?私が関わっている他のプログラム、生け花ギャラリー賞、和メルボルン生け花フェスティバルとどう関連付けるか?タダで教材を公開し、どこで収益を出すか?既存の多数の流派の指導とどのように競合を避けるか(小さいプロジェクトですからそんな心配は不要なのですが)?カリキュラムがないと教育効果が上がらない。ではそれをどう作るか?他の方がやっているように基本型1、2、3などと作っていくか?私個人が全て取り仕切るのはなく、できるだけ早く私のスタッフに主導権を渡したい。そのためにはどのようなシステムがいいのか?ゲスト・ファシリテーターをお招きすれば謝礼も出したい。しかし、希望される謝礼の額はみな異なる。これにどう対処するか?結局、このプロジェクトの目標は何なのだ?さらに、つまるところ自分は生け花で何がしたいのか?最後は自分の存在理由まで自問することになりました。まったくあきれてしまいます。まずは、この生花道場プロジェクトに関する自分の考えを書き出していったところ、一つの小論ができてしまいました。英文もほぼできあがっているので、こちらも間もなく発表します。多くの方にご協力を依頼する以上、私の意図、プロジェクトの意義をきちんと説明するのが礼儀でしょうから、これは最初に必要なことだったのです。参加して下さる方にも説明は必要でしょう。どうも通常の生け花コースとは違うようだが、何を考えて企画しているのだろう?お金を出して参加して大丈夫だろうか?などという疑問はきっとおありでしょう。ある専門家の方にまず読んでいただいたところ、素晴らしいとお褒めいただき、気を良くしたのですが、同時に改定すべき点を多数指摘していただきました。本当にありがたいです。過激なところは可能な限り削ったのですが、まだまだ取扱注意を要する部分がありますね。学問の世界では批判は当たり前、血も涙もない厳しい世界ですが、生け花の世界ではどうもそのようにはなっていないようです。意図せず他人を傷つけたりすることがないか、気をつないといけないようです。おひまなときにでもお読みいただければ幸いです。リンクは2つ用意しました。1. https://www.academia.edu/s/573e6f2cdf?source=link2....

2020年6月11日

ビデオ作品例:バランス1

 見て、作って、フィードバックを。https://zoomikebanadojo.blogspot.com/Video tutorial for our session on 20 June 2020. Watch, try & get feedback!How to join?  See our post about our session on 20 June 2020.What is Balance 1?  Our program is based on the Dojo Curriculum.&nb...

2020年5月31日

災いを転じて福となす(2)

Zoom を使った生け花レッスンの構想はあったのですが、なかなか動けずにいました。何のためにやるのか、というところがはっきりしなかったのです。労は多く、益は少なかろうと。 私が生け花に積極的に関わった例では、生け花ギャラリー賞、和メルボルン生け花フェスティバルがあります。どちらも小規模ながら、苦労の多いプロジェクトですが、出発点は、生徒のためということでした。現在は、おかげさまで多くの方々のご支援をいただいています。 前者については、生け花学習者が参加できるコンクールが少ない上に、競争が激しい状況でしたので、生徒が履歴書に書ける受賞経験が持てるように、生け花の生徒だけが参加できる国際的なコンクールを作ってしまえばいいという発想でした。多くのボランティアの方々に支えられて継続中です。 また、和メルボルン生け花フェスティバルも、出展の機会が少ない生徒に機会を与えるためというところから出発したのです。それがのちに成長し、世界中から出展者をお呼びしよう、メルボルンの人たちに生け花をもっとPRする機会にしようというところまで発展していったわけです。 生徒に出展の機会を作ってあげたい、受賞可能なコンクールを作ってあげたい、さて次は、指導力強化のプロジェクトを作ってあげたいと思い立ちました。 私の生徒に関しては、皆さん性格が素晴らしい。生け花の作品力もかなり付いている。受賞歴、出版歴まで一つ二つ書けるようになった。当地でプロとして通用する段階まであと一歩というところです。もう一つ必要なのが、指導力です。上手に教えられないと、生徒がついてこない、教室が成り立たない、華道教師としてやっていくのは難しくなります。 そこで思いついたのはティーム・ティーチングです。経験ある教師と新米教師が共同で授業をする。新米教師は先輩の技を盗んだらいいでしょう。とても有意義な経験になると思います。あるいは自分ならもっと上手にやれるということもあるかもしれません。 このティーム・ティーチングとZoom...

2020年5月30日

災いを転じて福となす(1)

災いを転じて福となす 最近立て続けに、このことわざを思い起こすような経験をしました。どちらも難と思えたものが、とても良い結果になりました。さらに、この福は予想もしなかった成果をもたらし、私の状況まで変わってしまったと感じるほどです。 まず、一つ目は、コロナの影響で、国際郵便が停止、手配してもらっていた私の論文の資料が日本から届かないという事態に。国際学会の論文の締め切りは5月末。 もちろん、諦めてもいいのです。国際学会への参加は自主的なものです。私は大学の専任教師とは違います。気楽な公開講座「日本美学」を担当しているだけなので、大学から論文発表へのプレッシャーはゼロ。しかし、せっかく培った学術的な技術を使わないことには、自分が納得しないのです。大学の図書館使い放題という特権を活かさないといけないでしょう。世界中の論文、本の主要なものほとんどが無料でダウンロードできます。 さて、一次資料を見ずに1920年代、30年代の自由花運動について何が書けるだろうか?何も書けませんよ、実際。 しかし、疑問点はたくさんありました。なぜ、30年代、第2次大戦の直前に自由花運動が起こるのだろう?国家が戦時体制に向かっている時期です。日本華道史の中でも私には最も面白いところ。 自由花運動とは、要するに一つの文化変容です。山根翠堂、重森三玲の論争がそのピークだろうと思います。そうすると、文化変容理論で有名なPierre...

2020年5月25日

Zoom 生け花道場、次回のご案内

English Site: Zoom Ikebana Dojo (Click)Zoom生け花道場に参加しませんか?英語で生け花を学びたい方、教えたい方、歓迎します。2020年6月の予定(日本時間): 6月6日(土曜日)3:00pm - 3:40pm, 申込締切:5月30日6月20日(土曜日)3:00pm - 3:40pm, 申込締切:6月13日参加方法:日本語...

2020年5月17日

Zoom生け花道場日本語案内

Zoom生け花道場の日本語案内ができました。 https://zoomikebanadojo.blogspot.com/p/blog-page.html 生け花を学びつつ、英会話も同時に練習したい、というような方にお勧めします。 何度かこのブログで書いたことがあるのですが、私のクラスはとてもいい生徒さんが多い。 わざわざメルボルンにいらしゃるまでもなく、日本から参加できますよ、ということなのですが、需要があるでしょう...

2020年5月13日

一日一華:自分が気にいったら

配達用の生け花です。 運びやすく、贈答品らしく、 そんな心がけが必要でしょう。 さて、自分が感動すると、どうしても他人と分かち合いたくなる、というところがあります。 それは、あまり意味がないということは承知しています。 十分承知しています。 なんといっても、私は家内と映画の好みが合ったことがないのです。 自分がいいと思った映画が身近な人にことごとく否定されると、 自分の感動は誰とも分かち合えないのだと、ゆるゆると分かってきます。 それでも、いい映画を見たり、いい本を読んだりすると 他人に薦めたくなる、という欲求は抑えがたい。 多分、若い頃にいい友達に恵まれていたせいでしょう。 多分、彼らは皆、我慢強かったのかもしれないですね。 私の興奮によく付き合ってもらっていました。 で、最近、読んだ本がとても面白かったのです。 内容についてはまたいつか触れるでしょうが。 もし、関心のある分野が、日本学、モダニズム、日本近代文学、川端文学、カルチャル・ナショナリズム、ジャポニズムなどでしたら、次の本、オススメです。久しぶりに興奮しました。機会あるごとに周りの方々に薦めまくっています。用意していた生け花論を大きく書き変えることになりました。 Roy...

Zoomで生け花

Zoomを生け花指導に使えないか、と多くの方が取り組んでおられるようです。数あるインターネットを使っての指導の試みの中では、とても面白いものだと思っています。 やがては、家元制度の根幹を揺るがすほどのことになるかもしれないと、個人的には思います。 私が同時に考えているのは、指導という「教師から生徒へ」という一方的な使い方だけでなく、共同学習の機会にできないか、ということ。 ファシリテーターを一人に担当してもらう。 参加者で励ましあい、各自の勉強のペースメーカーの機会になるような使い方です。 これは難しいでしょうかね。 私が少々かじった応用言語学の方では、Cooperative...

2020年5月5日

生け花エッセー連載70回達成

メルボルンの月刊日本語新聞、伝言ネットに10年近く書き続けた生け花紹介記事の連載が70回で終了しました。100回くらいまで行けそうでしたが。 一度も締切を破らなかったということが少し誇りに思えます。 日本語だけでなく英語にも訳さなければいけないので、そんなに楽ではないのですよ。 私には、多分、そういう粘り強いところがあります。 というか、途中で妥協したり、投げ出したりするのが嫌なのです。 自分でやると決めたら絶対完走する。 中学生の頃、あまり優秀でもない長距離走者でしたが、棄権したことは一度もないです...

2020年4月19日

分からない理由:重森三玲をめぐって

都市封鎖中のメルボルンですが、私の日常は相変わらず。 半日は論文作成に、半日は生け花作成に。 いろいろあってその通りにはいかないのですが。 ともかく、論文の締め切りがあるので、研究は続けています。 先頃、探していたトピックについての論文がようやく見つかりました。 「重森三玲の作庭思想における『自然』に関する言説について」 上野友輝、河内浩志、秦明日香 日本建築学会計画系論文集(2018年) 重森は戦前の「新興いけ花宣言」起草の中心人物。 彼の思想をもっと探りたいのです。 期待に胸を膨らませて読んでいくと、これが分からない! 原典の引用、それについての論者の解説が延々と続くのですが、 重森の言葉は理解できるのに、論者の解釈が理解できないのです。 例えば、 「自然が永遠の存在であることによって、自然を基本とする庭は永遠である。 永遠を作り出す作者も、同時にこの永遠を目指しているのである。 ・・・作者が何かしら永遠に生きようとしてる態度が永遠のモダンとなったのである・・・」 ここで重森は自然という形而下の存在と、永遠、あるいは永遠のモダンという形而上学を対比させて自分の美学を説明しているのです。 ところが、上野らの論文は以下のように説明します。 「重森が捉える『永遠のモダン』とは、永遠に生きられる作品を作り出そうとする作者の態度のことである」 態度? 態度ということはないでしょう。 重森の原典を熟読すれば、作者の態度が永遠のモダンとなる、つまり、態度すなわち実存的な作者のあり方が、永遠のモダンという美学に昇華されると言っているのであって、態度=永遠のモダンではありません。日本語の読解力不足レベルの誤解です。これでは重森の美学は無視されてしまいます。 さらに、1940年代、50年代、60年代に出版された彼の論説を 同一の論理上に位置付けようとしています。 数十年間に渡る重森の言説において、例えば、「自然」という言葉が、全く同じ意味で使われているという前提で分析され、結論づけられています。 これも無茶な前提です。 2日ほど、「これは何だ?」と考えました。 なぜこの論文は分からないのだろう? こんな経験は、長年、学問の世界に片足だけつけてきた私にも初めてのことです。 結局、現在の私の結論は「この論文はひどすぎる!」。 この論者、福井大学助教授、博士課程の学生の方々には申し訳ないですが。 おそらく、彼らは意味論の基本を無視しているのだと思います。 例えば、Analyzing...

2020年4月14日

日本のコロナ対応が心配で仕方ない

コロナについては私は全くの素人。 それでも日本の対応の遅れは心配でした。 ようやくの緊急事態宣言。 それでも、まだ心配で、以下のような専門家の意見に共感します。 https://diamond.jp/articles/-/233957?fbclid=IwAR20Uay8DflC1kG3372TKXupiXFEaYNwDDbBUTA582CGdBlHJ7SUPUS2UKE https://www.covid19-yamanaka.com/index.html 私は喫緊の事態については何も言えないのですが...

2020年4月9日

外国人に生け花を教える難しさ(4)

海外で生け花を教える苦労について、あれこれ書いてきました。 https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/09/blog-post_3.html https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/11/blog-post.html https://ikebana-shoso.blogspot.com/2019/11/blog-post.html 今回はもう一つの重要なこと。あまりはっきり語りたくない方もあるでしょうが、お金のこと。お金に関して...

2020年3月26日

自由花における詩性とは何か?(2)

とても大きなトピックを選んでしまいました。 第1回目は以下です。 https://ikebana-shoso.blogspot.com/2020/03/blog-post_24.html どこかへたどり着けるのでしょうか? 一般に、あれこれ難しいことをつぶやきながら、結局、何のまとまりもなく、しり切れとんぼ、などということはよくあるようです。 ブログとはその程度のものが多い。 幸い、私の場合、一つの論文程度のものにはかろうじてたどり着いていますから(拙いながら)、続けてみようと思います。時間はかかるかもしれませんが。 以下は前回書いたことへの補足です。 以前このブログのどこかでも書いたことがあると思うのですが、 生け花と芸術の違いについて確認しておきます。 生け花と芸術(具体的には彫刻など)の違いは、 俳句と小説の違いに似ています。 有名な俳句、何でもいいです。 古池や蛙とびこむ水の音 動と静の対比、見事に詩性が達成できているように思います。 その面白さ、そこに立ち現れる世界、おそらく多くの日本人が共感できるものだと思います。感性的な面白さを狙っているのでしょう。 小説とは少々目指すものが違います。 小説は意味生産装置です。 俳句...

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