華道家 新保逍滄

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2018年11月23日

生け花ギャラリー賞:生け花とコンクール


生け花とコンクールについては、いつか歴史的な見地からもきちんと書いてみたいなあと思っています。

今までも以下のようなことを考えてきました。
https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/09/blog-post.html
https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/06/blog-post_21.html
http://ikebanaaustralia.blogspot.com/p/faq.html

生け花とコンクール(競争)はどうも相性が良くないのでしょうか。

私は現代芸術の方が主な活動領域です。ついでに生け花をやっているようなところがあります。現代芸術の方から生け花を見ると、おかしいなあというところがたくさん目に付きます。そのひとつが、コンクール、賞、競争に対する態度の違い。

もちろん現代芸術には賞もコンクールもたくさんあります。多くの人がそこへの入賞を目指していますが、また、落選したとか、希望がかなわなかったしても、それは芸術家にとっては当たり前のこと。誰でも失意は経験するもの、とサバサバしたものです。でないとやっていけないのです。ある意味で、競争(あるいは批評)に対してとても成熟した態度を持つ方が大半です。

ところが生け花ではどうもそういうことにはなっていません。生け花は芸術だと一方では主張する。そう主張している本人が、芸術にはつきものの競争(そして批評)を毛嫌いするというところがあります。歴史的にもそのような例があります。

もちろん、競争には長所も短所もあります。また、競争を否定することにも、長所、短所があります。それを踏まえて、競争のプラス面を楽しんでいいのではないでしょうか。競争を毛嫌いする人は、競争に対する態度が未熟なのではないか?未熟な競争心が強すぎるのではないか?それが私の仮説です。

私たちも生け花学習者向けのコンクール、生け花ギャラリー賞を運営していますから、毛嫌いされる、批判されるということが時にあります。さらに、卑劣な方法で攻撃してくる人まであります。情けないものです。対抗処置として署名運動を始めました。実のところ、趣旨は、生け花に卑劣さは無縁だと間接的に訴えたいのです。早く大人になって、一緒に楽しんだらいいではないか、それが無理なら、どうかお構いなく、と言いたいところです。ご協力お願いいたします。
https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/11/blog-post_19.html


2018年9月3日

2018年 生け花ギャラリー賞


2018年度の生け花ギャラリー賞が発表になりました。

ご察しいただけるように、このプロジェクト運営はなかなか時間がかかります。

生徒作品ということで、まだまだ不十分な作品が多いのですが、
それでも生徒にとっては数万人の方々に自作を見てもらえる機会となる、
さらに
国際レベルの審査員(日本で最も著名な美術館長、兵庫県立美術館長蓑豊先生を含む)に作品を見てもらえる機会となる、

しかも、それが無料。

それらは、やはり華道史上意義あるプロジェクトと評される根拠でしょう。

それに、選出された生徒の喜び!ときたら大変なものです。

「生徒への励まし、生け花を学び続ける動機付けになれば」ということで始まったプロジェクトですから当初の目的は達成できているように思います。関係者の努力も報われるというもの。

そして、毎回いろいろな課題が出てきます。
それらについてはまた別の機会に話しましょう。

さらに、相変わらず抵抗勢力の嫌がらせは続きます(笑!)。
そこには生け花の特殊性があるように思います。
例えば、絵画コンクールとか、音楽コンクールであれば、
このような嫌がらせはないだろうと思います。

海外の方々からは、「生け花とは審査されるべきじゃないだろう」、「賞が生け花に関係あるか?」とか、私たちのフェースブックに書き込まれます。生け花になると、権威主義的な発言をされる方が多いと感じます。

もちろん、異論を持つのも、反対意見を持つのも自由です。しかし、私たちの結果発表に合わせて嫌がらせを書くという心性は普通ではないです。受賞者、おめでとう、ご協力いただいた方々、ご苦労様、というムードの中へ水を差すような書き込みをするわけですから。話して分かり合える相手ではないでしょう。こういう方に限って「生け花マスター」などと自称されていることが多いので手がつけられません。

私もこのプロジェクトの意義をあれこれ書いていますが、一人一人相手に議論するつもりもありません。そこまで暇ではないのです。

また、日本の生け花の教師、生徒からは静かに無視されています。
海外発の賞である、超流派の賞であるなどいろいろ事情はあるでしょうが
日本の生け花のあり方の一面を反映していると思います。
各流派主催のコンクールですと、上からの意向にしたがって参加すればいいのですが、
自分で判断しなければいけない要素があると慎重になるのかもしれません。
しかし、いずれ状況は変わってくるだろうと楽観視しています。

このような経験を通して、結局、生け花とは何か?
なんのために生け花をやるのか、その最大公約数は何か?
と個人的に考えているところです。

問題は生け花が容易に金や名声に結びつくというところにあるのではないでしょうか。

それを最大に利用しているのは、家元制度、流派という組織かもしれません。
もちろん、それが悪いなどと言うつもりはないです。
日本文化に特徴的な現象で、興味深いものです。貢献度も大きいでしょう。

ただ、生け花の本質はもしかすると、そんなところにはないのではないか、とも思うのです。
生け花は魂を磨くための一つの技術です。
自分のためだけに日々修練していければいい。
それだけのものだと思います。

2018年7月27日

生け花ギャラリー賞決勝進出の条件


私たちの主催する2018年度生け花ギャラリー賞の準決勝15作品が7月に発表になりました。

この15作品は過去1年間に生け花ギャラリー・facebook に投稿された作品から選ばれます。

選ぶのは生け花ギャラリー賞委員会メンバー。全員師範を有する生け花教師。世界各地の先生がボランティアで協力して下さっています。そしてこの中から5作品が決勝進出です。私たちの審査員の先生方に送り、審査していただくのです。

この5作品の選出には、私たちの審査員の一人にご協力いただいています。日本の生け花研究家としてはおそらく最高レベルの方です。この選出はかなり難しい作業だと思います。選ばれた作品をみると、先生がとても慎重に選んで下さっていることがよくわかります。なるほどなあ、といつも感心します。結果は、まもなく発表になりますので、facebook あるいはブログにご注目下さい。

「上手くまとまっているというより、世界観のようなものがある作品が今後の伸びしろがあるのではないか」というコメントを、今回、先生からいただきました。

ここには注意すべき点が幾つかあります。

ひとつは、「上手くまとまっている」ことのもろさ、です。生徒作品ですから、初心者の作品と言っていいと思います。初心者でも上級者のある部分を真似て、それなりのまとまった作品を作ることができると思います。学習上は必須の過程です。しかし、それだけでは決勝まで行けないということです。

そのような作品には欠けているものがあります。
先生はそれを「世界観のようなもの」と表現されました。

私は、それは瞑想性ではないかと思います。最近、生徒作品を見ていてよく感じることは、瞑想を経ているかどうかが作品に生命が宿るかどうかを決める、ということです。

制作の過程で、素材をしっかり見つめ、素材と語り合い、素材を生かしているか、ということです。表現は難しくなりますが、様々な方が同じようなことを色々な表現で語っておられるはずです。

本当に瞑想し、悩み抜いて、作られた作品は判ります。

同時に、とにかく綺麗に仕上げようとか、人を驚かしてやろうというような意図で作られた作品、細部への配慮が欠けた軽率な作品、というのは安っぽくて、見ていてイライラしてきます。

その次元を突破していただきたい。

おそらく、生け花が瞑想だというような経験、生け花の喜び、というのもそこら辺にあると思います。なんとか、師範取得前に、そのような境地を体得して欲しいと思います。時間はかかりますが、そこまで到達できた方でないと、生け花ギャラリー賞決勝進出は叶わないでしょう。

今回書いたことはいつかもう少し掘り下げてまた考えてみます。

2018年7月16日

2018年度生け花ギャラリー賞準決勝


恒例の生け花ギャラリー賞、準決勝進出作品が発表となりました。ぜひご覧ください。
https://ikebanaaustralia.blogspot.com/2018/07/semi-finalists-for-ikebana-gallery.html
Facebookは以下になります。人気投票も受け付けていますので、よければご参加ください。
https://www.facebook.com/IkebanaGallery/

この賞創設の意図についてはあちこちで書いています。
https://ikebana-shoso.blogspot.com/2018/05/blog-post_28.html

最大の動機は、生け花をキャリアとして取り組んでいきたいという方を助けたいということ。
特に、海外では、生け花で幾らかの収入を得るということ自体、なかなか難しい。
海外で生け花をキャリアにできるという人は極めて少ないのです。
幸運にも、私はその一人です。
とはいえ、日本とは状況が違います。
私の活動範囲はおそらく日本の一般の生け花教師よりはるかに広いでしょう。
私の状況については、別の機会に書くことがあるかもしれません。

ともかく、

私は、海外で生け花で収入を得る人がもっと増えてほしいと思っています。
教室を運営するのが一般的でしょうが、そのような形でいいですから、生け花で稼いでほしいと思っています。

なぜか?

それが生け花を人生の一部として、継続させるきっかけになるからです。
上達し続けるためにも、実際に指導していくということが大切だと思っています。
生徒にもそのように説得しています。
商業的な機会を積極的につかめ、と促しています。
そんなことを言っているのは私くらいでしょうが。
それには理由があります。

私は海外で生け花が上手だなと関心した人々に何人か会っています。
しかし、同時に、数年経つと、生け花をやめていたり、
ちっとも進歩していなかったり、
そういう人が多いのです。

それに対し、以前それほど上手とも思えなかった方が、
数年でとても進歩していることもあります。
そういう方は決まって、指導などの活動をされています。

生け花の上達には時間がかかります。
その長い修行を継続させることはどうしたら可能か?
最もてっとり早いのは生け花が幾ばくかの収入源になってくれること。

そこまで考えて、サポート策を考えている生け花教師は、おそらく私一人かなと思います。私への共感者、賛同者が全くないですから(私の側近教師たちを除いて)。私を批判する人はありますが。
「俺はあなたの10年後を心配して、言っているんだ」
なんてアドバイスする先生はあまりいないのでしょうね。

本当は各流派が検討すべき問題です。

しかし、そこまで取り組んでいる流派は一つもありません。
海外会員を収入源としか見ていないのではないかと思うこともよくあります。
海外会員を増やしたいと意図した活動は散見します。
しかし、海外の事情を踏まえて、自立をサポートするまではいっていません。
趣味として生け花をやる人を開拓しているだけです。

おそらく、海外に最大の生け花学習者を抱えているのは草月流でしょう。
大手の草月流がこの問題について動いてくれたら素晴らしいでしょうね。

ともかく、

私の意図は、「生け花ギャラリー賞受賞」と履歴書に書ける生け花学習者、教師を増やしたいということ。

それが生徒を集めるのに役立ったり、
コンクールに出品する助けになったり、
制作依頼を得る助けになるのではないか、
それらが最大の効果でしょう。

さらに、受賞者は自信をもてるはずですし、
生け花にもっと精進しようという方が多く出てくるのではないか。
そういうところも目指しています。

 そして、もうひとつ。

今後、取り組みたいのは、生け花教師の指導力をどう伸ばすか、という問題。
技術はある、しかし、指導力がないという教師は問題です。

技術については、各流派、いろいろな取り組みがあります。
しかし、指導力については、どうでしょう?

「素晴らしい作品を作る。しかし、教え方が下手すぎ」という先生より、
「多少、技術は劣る。しかし、教え方がうまい」という先生の方が
実際には、生徒数も増え、生け花文化拡散には効果的なのです。

しかし、「海外での指導」となると言葉の問題、文化の問題などいろいろあって、一筋縄ではいきません。

今いろいろ考えているところです。

2018年5月28日

生け花ギャラリー賞について(3)


お知らせ:この度、Ikebana Gallery Awardでは蓑豊先生(兵庫県立美術館館長金沢21世紀美術特任館長、大阪市立美術館名誉館長)に審査員としてご協力いただくことになりました。蓑先生は日本を代表する美術館長として国際的にご活躍中です。「超美術館革命」(角川新書)他著書多数。https://www.artm.pref.hyogo.jp/ 
 先生の芸術に対するご見識の高さを審査結果に反映させていただけることでしょう。
 
 私どもは今後ともより多くの生け花学習者へ、履歴書の受賞歴に記載できる賞を無料で提供したい所存です。日本からの多数の応募をお待ちしています。
生け花ギャラリー賞募集要項日本語版:http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/p/japanese.html

 ご講演、著書を通じ、そのお仕事ぶりに圧倒され、さらに夕食をご一緒させていただき、そのお人柄に心服する者として、蓑先生から私たちのプロジェクトに貴重なお時間をさいていただけることに感激しています。
 なぜこのような小さなプロジェクトに国際的にご活躍の多忙な先生が関わって下さるのだろう?これは多くの方が抱く疑問でしょう。私もよくは分かりません。お願いしても、よくて断られるか、無視されても当然と思っていました。ところが快く引き受けて下さいました。
 推測ですが、このプロジェクトは私たちが営利目的でやっているものではないということ、これから生け花を真剣に学ぼうとする人たちを助けたいという、ただそのために私たちが骨をおっているというところを認めていただけたのではないかと思っています。先生はとても直感の鋭い方です。
 実は、半信半疑のような目を向けられることもあるのです。本人の心のスケール相応に相手が見えるのでしょう。そこそこ(「完全に」と主張すると窮屈になりますので、「そこそこ」で十分)純粋に他人のために動く人間もいるのだと、なかなか信じられない、生け花をやる人は皆自分のため、自分の流派のためにだけ活動するものだと硬く思い込んでいる人もあるようです。もちろん状況の変化に応じて、将来このプロジェクトもボランティアに頼るだけでなく、もっとビジネス化していく必要が生じるかもしれませんが。
 私は生け花ギャラリー賞・選考委員としてボランティアで協力してくれる私の生徒たちには、これは花道史の一つになる活動なんだよ、他の生け花学習者を応援し、励ますことができるんだよ、と鼓舞しています。私たちにとってはとても意味のある活動です。
 この機会に生け花ギャラリー賞について書いてきた文章を以下にまとめておきます。

「応募しようかな」とお考えの方へのメッセージ
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/07/blog-post.html

生け花ギャラリー賞発表のお知らせ
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/08/blog-post_27.html

生け花ギャラリー賞について(1)
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/07/blog-post_20.html

生け花ギャラリー賞について(2)
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/07/blog-post_31.html

生け花ギャラリー賞の目指すもの(「いけ花文化研究」所収)
https://www.academia.edu/36680038/Ikebana_Gallery_Award_no_mezasu_mono_International_Journal_of_Ikebana_Studies_Vol.5_2016_pp.92-95


2017年8月27日

一日一華:2017年いけ花ギャラリー賞


2017年いけ花ギャラリー賞がようやく発表になりました。
https://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/2017/08/ikebana-gallery-award-2017.html

生け花学習者向けの(師範は除く)コンクールです。
ですから、師範の方々の作品と比べれば、多少未熟な点はあると思います。

でも、今年はレベルが上がってきましたね、と何人かの審査員に言われました。
それは大切なことだと思います。

何と言っても16000人超の方々が見て下さる受賞結果です。
年々、その数は大きくなっています。
その中には世界中の生け花学習者が多く含まれます。
多少とも参考になるような作品でないことにはこの人気も続かないでしょう。

通常、生け花学習者の作品がこれほど多くの方々の目に触れる機会はあまりないでしょう。
おそらく著名華道家の作品でもこの数はなかなか達成できないはずです。
そう考えると、この賞も特徴あるものになってきたように思います。
審査員の方々、私のスタッフのみなさん、皆、ボランティアでよく頑張って下さっています。改めてお礼申し上げます。

2017年7月31日

いけ花ギャラリー賞について(2)



いけ花ギャラリー賞をより面白くしようと、ピープルズ・チョイス・アワードを設けました。フェイスブック上でのいいねの数を競う人気投票です。私はあれこれ工夫するのが好きなんですね。

やってみると、これがまた面白く、勉強になります。

基本的に遊びでしょう。
厳密な審査で決まる賞ではありません。
それはそうなんです。が、しかし、、、

まず、プラスの面から。
最大のプラスの面は、ポストが俄然多数の方に拡散するということ。
私たちのポストは、通常、数百から千人くらいに届きます。
せいぜい2千人とまりです。
しかし、この人気投票受付のポストは1万5千人超に届きます。


これはこの賞を一層格式のあるものへとしていく準備として重要なことです。
注目されないことには賞の権威もつきません。

次に、生徒は普段では経験したこともないほどの「いいね」をもらったり、コメントをもらったりすることになります。これは大きな自信につながるようです。それだけで、ピープルズ・チョイス・アワードの意義は十分です。

ちょっと、ネガティブな面。

まず、必要以上に熱くなる人があるということ。競争心丸出しで、「いいね」をくれと宣伝するのですね。たかがピープルズ・チョイス・アワードでしかないのです。
それを獲得したからといって、何でしょう。
しかし、なかなか冷静になれない方があるのです。

そこで、一人3作以上を選ぶこと。
一つの作品のみをシェアしないこと、アルバム全体を(予選通過作品の全作)をシェアすること、などとお願いしています。

しかし、1作のみをシェアし、この作品を「いいね」してくれとやる方がよく出てきます。

これは、フェアじゃないと思います。そういう人が出たら、ピープルズ・チョイス・アワードはキャンセルするとまで言っています。

しかし、こういう行為を不公平と断じるとしても、どこまで厳密に対処するか、
これはかなり難しい問題です。

なぜ、そういうことをするのか、というと、一つには私たちの指示を理解できない方があります。英語の問題もあるでしょう。また、ピープルズ・チョイス・アワードとは、結局、友人に拡散して、できるだけ多数の「いいね」をもらう、そういうものだと思っている方があるようなのです。つまり文化的な差異です。さらに、当方の指示など読みもしないという方もあります。

しかし、大多数の方は当方の指示に従って、冷静に選んで下さいます。
そういうたしなみのある、私たちが期待する楽しみ方をして下さいます。
それは多く、特定の文化圏の方です。

逆に、大騒ぎをして、不公平でも何でもやり、賞を取ったが勝ち、とやるのも別の特定の文化圏の方に多いようです。

文化の差というのはどうしようもないのかなと思ったりします。

例えば、スポーツの国際試合などでも、一般に日本人はアンフェアな選手など嫌いでしょう。たとえ勝ったとしても反則が多いような選手、態度が良くない選手は応援しないでしょう。

ところが、勝てばいいじゃないか、という国があることも見聞きしているはずです。
文化の違いということでは、似ています。

どこまで許容するか、どこから厳密に対応するか、
異文化と付き合う上では重要な問題でしょう。

2017年7月20日

いけ花ギャラリー賞について(1)


2017年度のいけ花ギャラリー賞の準決勝進出の17作品が発表になりました。
ピープルズ・チョイス賞には、どなたも投票できるようになっていますので、ぜひご参加ください。お一人3作品以上を「いいね!」して下さい。締め切りは7月末日です。
https://www.facebook.com/pg/IkebanaGallery/photos/?tab=album&album_id=1232144103581414

いけ花ギャラリー賞については、思うところがいろいろあります。
嬉しいことのは一つは、準決勝に選ばれただけで、喜んでくれる方が多いということ。
世界各地から感謝のメッセージが届いています。

そして、この発表のポストが約1万人にまで拡散するということ。
他のフェースブックでのポストでは、私たちには通常とても達成できない数値です。
おそらく著名なフラワーアーティストででもない限り、なかなか達成できないでしょう。
選ばれた生徒にとっても、もちろん、普段見てもらえない人たちにまで作品を見てもらえ、励ましのコメントをいただけるわけです。

生徒の作品のレベルが上がってきたこともあるでしょう。
いけ花における賞が注目を集めるということもあるでしょう。

この賞の趣旨などについては、国際いけ花学会の学術誌第4号に発表しましたので、機会がありましたら、読んでみて下さい。4号はまだ発売中ですので、全文を掲載するわけにはいきませんが、一部のみ以下に紹介します。4号のお申し込みは以下からどうぞ。
http://www.ikebana-isis.org/p/blog-page_1825.html

いけ花ギャラリー賞の目指すもの
新保逍滄

 2012年以来、オンラインいけ花コンクール、Ikebana Gallery Award (IGA) を年1回開催しています。世界中のいけ花学習者が流派を問わず無料で参加できる世界初のオンライン・コンクールです。2015年度にはフェースブック上での受賞発表通知は約1万人の方々に届くほどになりました(http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/, https://www.facebook.com/IkebanaGallery/)。

端緒

 IGAを思いついたきっかけは幾つかあります。最大のものは、オーストラリアで美術修士を履修中から幾つかの彫刻公募展に入選してきた私自身の経験です。他の出品者やキューレーターから批評をいただける、他の出品者の作品から刺激を受けるなど、とても有意義な勉強になりました。さらに、公募展入選は一つの業績として履歴書に書けます。すると、仕事の機会も増えますし、自分の意識も変わってきます。いけ花の世界にいた者にとって芸術の世界はとても新鮮でした。いけ花でもこのような機会が作れないかと思ったのです。

 さらに、ネットのブログでは、多数の先生方が自分のいけ花作品の紹介をされていることに気づきました。しかし、生徒作品はなかなか見かけません。「人様に見せるほどのものではない」と先生も生徒も思っているのかもしれません。しかし、私のサイト(www.shoso.com.au)で、生徒の作品を掲載すると私の作品の時以上に訪問者が増えるのです。生徒作品への関心は潜在的にあるように思えました。自作をより多くの人に見せたい、また他の生徒の作品を見たいという希望は、多くの外国人の生徒にとって自然なものであるようです。その機会を提供することが、生徒の学習動機を高めることになるかもしれません。こうして生徒のためのオンライン公募展というアイディアの芽は育っていったのでした。

趣旨

 このコンクールの趣旨は次の二点としました。「世界各国でいけ花を学ぶ生徒のため、作品紹介と学習体験を分かち合う場を提供することで、いけ花学習をサポートすること」そして、「芸術としてのいけ花の認知度を高め、世界のより多くの人々にいけ花を伝えること」

 私は日本でいけ花の基礎を勉強した後、オーストラリアでも勉強を続けてきました。オーストラリア人の先生、故カーリン・パターソンさん宅で週1回、10名ほどの生徒とともに数年間学びました。とても狭い世界でした。作品発表の機会もほとんどありませんし、限られた他の生徒の作品にしか触れる機会がありません。また、いけ花自体、認知度が低いという状況で勉強を続けていくわけです。日本とは違います。世界中の多くのいけ花学習者が同じような状況で勉強を続けていることでしょう。第一の趣旨は、そうした方々への小さな力になれないか、という思いを反映したものです。特に海外の場合、いけ花の先生には作品発表の機会も、所属流派からのサポートもあることでしょう。しかし、生徒へのサポートとなると流派からの組織的なものなどほとんどないのが実情ではないでしょうか。インターネットのおかげで従来難しかった多くのことが少しの手間と費用で可能になっています。このコンクールの目指すサポートもその一例でしょう。

 さらに、この賞がいけ花の認知度を上げる契機になればなお素晴らしいと思います。この第二の趣旨は理想です。IGAの知名度が上がったならば、それを通じていけ花に触れたという方が出てくる可能性があります。実は、これはソーシャル・メディアが発達している現状では大いにありうることです。面白いポストだなと思った方が拡散するという事態は実際に生じているようです。それがいけ花について知識のない方々にも届くということが現実になっています。さらにIGA受賞者が受賞を契機に活動の場をより広げていける可能性もあります。

以下、運営方法などを詳述しています。

2017年7月2日

生け花ギャラリー賞応募締め切り


メルボルンの日本レストラン、花菱にて。

さて、6月末に2017年度のいけ花ギャラリー賞の応募を締め切りました。
まだまだ応募数が少ないなと感じます。

この賞の意義、目標などは、国際いけ花学会の学術誌、いけ花文化研究第4号(2016年度版)に書く機会がありました。
http://www.ikebana-isis.org/p/blog-page_1825.html

私の生徒たちはかなり積極的になってきました。
この賞の意義が少しづつ理解されてきています。

いけ花の狭い世界の中だけで活動していくならば、この賞はあまり必要はないのです。
従来のまま、自宅教室で何人かの生徒を教えて細々やっていくということならば。
しかし、海外では若干状況が違います。

1、教室についてもインターネットで検索されます。自分のホームページを作り、自分のCVを掲載することになるでしょう。
2、自宅教室以外の場で教える機会があります。
3、商業花、芸術祭での展示を求められることがあります。
4、芸術展へ出品したい時もあります。
5、メディアに出る機会があります。

こうした状況で常に必要なのが、CVです。
芸術家としての履歴書です。

履歴書に「〜先生の指導のもと、〜年修行した」というくらいしか書くことがないという生け花教師が多いのです。こういう方は海外ではまともにはやっていけないだろうと思います。アマチュアとみなされ、プロとはみなされないでしょう。もちろん、数人の生徒を集めて自宅教室を維持していくということは可能でしょうが、それ以上の活動は難しいでしょう。

本人は「町の生け花師匠」ということでもいいでしょうが、海外ではそのような立場に対する認知はほとんどないのです。「芸術家として、どれほどの人なのだろう」という目で見られるのだと覚悟しなければいけません。

展覧会歴、展示歴、受賞歴、出版歴、メディア歴、などを示して、初めてこの人は本気だなと、認めてもらえるのです(学歴なども記載できれば理想的)。

コミュニティセンター、学校、教会での指導など、ちょっとした指導の機会にもCVの提出が求められます。

ですから、生け花教師は、自分の生徒のCVをどうしたらより充実したものにできるか、活動の機会を広げさせてあげられるか、きちんと考えるべきです。展覧会への出展の機会を与えたり、特別展示の機会を見つけてあげたり。さらに、賞を獲得できる機会を紹介してあげるとか。自分のことだけで手一杯という方も多いでしょうが、自分の怠惰の口実になっていないか、反省すべきです。

賞と言っても、生け花学習者には、そのような機会が少ない上に、受賞に至るのはなかなか大変です。時間もお金もかかります。おそらく海外のフラワーショーなどには参加の機会があるかもしれません。しかし、西洋の商業花と競争していくのは容易ではありません。つい「競争なんて生け花学習者のやることではない」などという考え方に傾くこともあるでしょう。

そこで、お金もかからず、手軽に参加できるのが、この「いけ花ギャラリー賞」なのです。
まもなく、私の生徒の中から、師範取得者が次々に出てきます。
彼女らのCVには、「〜年いけ花ギャラリー賞最優秀賞受賞」という項目が、燦然と輝いていることでしょう(笑)。
彼女らの活動の機会は、きっと増えるでしょう。おそらく、実力以上の機会にも恵まれるでしょう。それがさらなる成長をもたらしくれるはずです。

「いけ花ギャラリー賞」に対する認知はまだまだこれからです。
できるだけ早く、より多くの協賛者が出てくることを願っています。
まずは、海外でいけ花を指導している方々にご理解願いたいと思います。

2016年7月26日

いけ花ギャラリー賞セミファイナル発表


いけ花ギャラリー賞セミファイナル作品が発表になりました。
以下のブログでご参照下さい。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/2016/07/semi-finalists-for-ikebana-gallery.html
また、以下のフェイスブック・ページから人気投票を受け付けています。
アルバム中の15作品からお気に入りの作品がありましたら、3作以上をLikeして下さい。おひとりあたり3作以上としているのは、ファイスブッックの友達の少ない生徒が大きな不利にならないようにするためです。
https://www.facebook.com/IkebanaGallery/photos/?tab=album&album_id=900827010046460

今後とも皆様のご支援をお願いします。

2016年7月5日

いけ花ギャラリー賞2016年度募集締め切り



2016年度のいけ花ギャラリー賞の募集は6月末日にて終了。
以降の投稿作品は17年度の賞への応募となります。
さて、これから私たちのコミティーで予選通過作品を10作選びます。
その後、1名の審査員の方のご協力をいただき5作まで絞ります。
この最終選考に残った5作品を私たちの審査員5名に送ります。
各審査員から上位3作品を選んでもらいます。
得点を集計して最優秀賞、いけ花ギャラリー賞が決定します。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/




2016年6月27日

いけ花ギャラリー賞締め切り間近


 私共が主催している国際いけ花コンクール、いけ花ギャラリー賞の2016年度の締め切りまであとわずかとなりました。
 毎年、日本からの応募が少ないのが残念。気楽に応募していただけるとありがたいです。もっと面白くなることでしょう。
 無料で各方面でご活躍の審査員の方々からコメントがいただける、数千人の方々に作品を見ていただける、履歴書の受賞暦に記載できる、ということで、熱心に取り組んでくれる応募者も増えてきました。国際いけ花学会の学術誌「いけ花文化研究」所収の小林先生の華道史論文、現代の章でもこの活動は紹介されています。
 これからも続けていきたいものです。

2016年2月10日

いけ花ギャラリー賞 2000人がLIKE



Thank you for over 2000 likes for Ikebana Gallery Award Facebook Page. https://www.facebook.com/IkebanaGallery/
Post your work to be selected for Ikebana Gallery Award. http://bit.ly/1cHtQlR
日本語案内はこちら。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/p/japanese.html

2015年9月5日

2015年いけ花ギャラリー賞



2015年いけ花ギャラリー賞の発表までたどり着けました。
今回で4年目でしょうか。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/2015/09/ikebana-gallery-award-2015_2.html

いくつか気付いたことを書いておこうと思います。
次回のためにも。

1、日本人の参加が少ない。日本語の案内も出していますが、英語の壁か、超流派という主旨がよく理解されていないのでしょう。いくつかの流派でも内部でのコンクールはあるようです。そちらのほうが都合がいいということもあるかもしれません。
今現在のレベルですと、日本人には入賞はとても容易だと思うのですが。
無料の上、それほど面倒でもないはずですが、仕方ないですね。

2、審査員は慎重に選んでいますが、実に素晴らしい方々にご協力いただいています。超流派のいけ花コンクールであること、芸術としても通用するレベルを目指すべきと思いますので、人選としては国際的な芸術、ならびに広く日本芸術に通じた方が理想と思います。
 人数的にも適当だろうと思いますが、構成では日本人の方が少なくなるという状況です。生徒の反応で面白いのは、「日本人の審査員に選んでいただいて嬉しかった」というコメントでした。いけ花は日本のもの、日本人に分かってもらいたいという気持ちがあるのだなあという点は発見でした。同時に私が、いけ花をどう国際的な芸術の文脈に上げるかということを個人的に指向しているのだろうか、と気付いたのです。
 
3、さらに、今回特に気付いたことは、ファイナル・レベルの5作品に選ばれると、選考結果はあまり大きな問題ではないのではないか、ということ。審査員の意見が本当に面白いほど多様で、得点集計するまでだれが最優秀になるのか、全く予想出来ないのです。ですから、たとえ、5作品の中で評価が低かったとしても、「でもあの先生には上位と評価していただけたから満足」ということになりやすいように思うのです。つまり、結果であまり傷つくことが無いのではないか。コンクールのこの側面はとてもうまく機能しているように思います。

4、いろいろな文化圏からの投稿があります。国ごとに賞に対する態度が違うのが面白いと思います。もちろん、サンプル数が極小ですから、必ずしも文化的な違いとは言えないかもしれないですが。とかく競争心むき出しにする傾向があるグループもあるようで、面白いと言えば、面白い。さほど大規模なコンクールでもないのに。遊び心で付き合ってもらってちょうどいいのにと思うのですが。

5、やはり参加生徒からの喜びの声は主催者側の励みになります。とても喜んでもらえます。無料で参加出来、著名な審査員に作品を講評され、さらに数千人レベルのネットユーザーに作品を紹介出来るという機会はあまり無いように思うのです。

6、もう1点。これは驚いたことですが、フェースブックの写真が知らぬ間に消失していたということ。外部から応募があります。こちらで承認し、ページ上に写真が表示されます。しかし、このような方法で表示した写真を1年前まで遡って探すと、行方不明になっているのです。せっかく応募して下さった方の作品を選考の対象にしなかったということではいけません。今回のこの問題、なんとか修復はできたものの、どうしてこんなことになるのか不明です。今後、注意が必要。

7、あとは事務的な面での効率化。ピープルズ・チョイス賞のやり方を改善する必要があります。この辺は私達のビジネスセンスで改善していくことになるでしょう。スタッフはビジネス経験者が多いので助かります。

2015年7月19日

2015年いけ花ギャラリー賞準決勝


恒例のいけ花ギャラリー賞、本年度の準決勝進出16作品の選出を終えました。
是非、ブログ、あるいはFacebookをご覧下さい。
Facebookでは、2015年7月末日まで人気投票も受け付けています。

私達選考委員の作業はこの準決勝作品の選出までと決めています。
これから決勝の5点、最優秀作1点が決まりますが、
これらの選出はボランティアの審査員の方々にお願いしています。

ありがたいことに、素晴らしい方々にご協力いただいています。

今回、生徒作品を多数見ていて、
今までにあまり感じたことのない思いをしました。
不愉快な思いと言っていいでしょう。
生徒作品ですから、力不足は仕方ない。
それは分かっているのです。
それでもなお、なんだか納まらない不満。

もちろん、私自身まだまだ修行中の身。
傲慢な発言は慎みたいと思いますが、どうも我慢出来ない。

いくつかの作品に生徒の精神の形が見えるわけです。
いけ花を制作していって、途中で投げてしまっている感じ。
山頂に到達するちょっと前、8合目あたりで気を抜いてしまったり、
あるいは、もっとひどいのは、ごまかしの近道を選んだり。
「こんなもんで充分でしょう?」
「まあ、ここらでいいや」
「こんなところで点が取れるかな?」
そんな態度が見えてしまう。

こんな不真面目な態度でいけ花をやるな、と言いたい。
現実的には、言ってはいけないんですが(笑)。

たとえば、ある種の茶花のように、
小さな単純な作品であっても、
そこに作者の精神の緊張感がびりびり漲っているような
作品に仕上げることができるわけです。

最後の最後まで花に食いついていく、
集中力を緩めない、
いけ花の修行とはそういう経験を重ねていくことだと思います。

いけ花が精神修養であるとは、そういう意味でしょう。
そこがきちんと体得出来ている人であれば、
常に力のある作品が作れるわけでしょうし、
人間的にも魅力的になれるのではないでしょうか。

子供に作法を教えたいからいけ花を習わせよう、
などというのは表層的な見方です。
実は、教育上もっと重要なことを学ぶことになるのです。
いけ花に必要になるのは集中力、忍耐力、ごまかさない誠実さ。
人間力の基礎と言っていいでしょう。
こういう力を蓄えたなら
他の領域(勉強、スポーツなど)でも
きっと存分に力を発揮出来るはずです。
例えば、精神の軟弱な不良などには絶対いけ花はできないのです。

今回は自分のことは棚に上げ、
愚痴っぽくなってしいました。


















2015年2月16日

一日一華:笑うか怒るか(5)


これまで数回に渡ってお話ししてきたいけ花ギャラリー賞を巡る国際紛争(笑)に関連して、私が英文サイトに忠告を載せ、
いけ花ギャラリー賞のサイトに私達の決定を載せました。

その後、パスタ氏からはなんの反応もありません。

ブランからはいけ花ギャラリー賞のサイトに決定を
載せるや、5分もしないうちにメッセージが届きました。

「たった今、ニュースを読んだところです。
心よりお礼申し上げます。
貴方の公平な態度、さらにいけ花の本当の精神を
反映させた決定にお礼申しあげます。

また、他のポストで、今回の件に関連し、いけ花教師の不親切な態度に遭遇したと書いておられましたね。とても申し訳なく思っています(これは私の英文ブログに載せたポストのことです)」

パスタがどう動くのか、まだ分かりませんが、私達の決定に納得してもらえればありがたいところです。ひとまず、一件落着と見なしていいのかもしれません。

海外で生け花をやっているということ。
それがある種の方々に、独特の優越感をもたらすということ。
そこまでは、まあ、いいのでしょうが、
この優越感故に、いじめ、パワハラ、排他的態度などが起こり易いということ。

実際、よく起こっているのです。
リーダーなり流派なりが、
きちんと対応を考えてほしい問題です。
場当たり的な対応ではなく、もっと抜本的な対応を望みます。

ひとつヒントになるのは、池坊の指導方針です。
この連続記事の前のポストで少し触れています。
他の流派、特に大手流派に見習ってほしい点です。

技術指導をもっぱらとするのではなく、
生け花は精神文化であるという側面も
海外では伝えていただきたい。

精神文化などというとなんだか大それたことのようですが、
そうではないのです。

日本で「当然、華道をやっている人ならこうであろう」
と一般の方が考える常識的なことです。
マナーとか、たしなみとかいった日常的なことも含みます。

それが海外にはないわけです。
基本的に、そう思っていただきたい。
ですから技術指導だけでは、不十分なのです。
技術を教えただけで、生け花を教えたということにはならないのです。




2015年2月13日

一日一華:笑うか怒るか(4)


私達のオンライン生け花コンクール、生け花ギャラリー賞で起こった
国際紛争(笑)について報告しています。

某国のパスタ氏が、他国の生け花学習者を侮辱したということです。
笑えるような、腹立たしいようなできごとでした。

さて、私達のパスタへの対応ですが、
まずは穏やかにいきます。穏便に納まればそれでいいでしょう。
彼を罰しようと動いて、溝を深めるのもどうか。

この愚行の原因はパスタの自己保身、不寛容にあるのだろうということを
既に前のポストで分析しました。日本在住の方には分かりにくい事情があるのです。

そして、もうひとつは彼の日本文化に対する無知。
日本の華道教師であるなら、ありえない狭隘な言動です。

第一に、私がやったのは私の英文ブログにやんわりと忠告を掲載。
http://www.shoso.com.au/2015/02/basic-ikebana-articles.html
思いやりに欠ける行為をする生け花教師に遭遇した。
生け花が何か分かっていないのではないか。
文末に以前、雑誌に書いた二つの短い英文エッセーを再録しました。
生け花とは技術だけでなく、精神面をも鍛える修行なのだ、というような内容。
人に優しくするためには時に勇気が必要だ。自己の内なる恐れを克服する勇気と力を花が与えてくるのかもしれない。そうした力がないといじめに傾くと、言いたいわけです。

彼の目にも留まるはずです。
これで目が覚めてくれれば幸いですが、どうでしょう。

第二には、まもなく生け花ギャラリー賞のサイト上
私達の見解を発表します。

「正規の生け花教師から直接学ぶという機会が得られない方々の生け花学習の難しさは理解出来ます。それにもかかわらず情熱的に取り組んでいらっしゃることは、素晴らしいと思います。生け花ギャラリー賞の目的は世界中の生け花学習者を無差別にサポートすることです。正規に生け花を学ぶ方だけでなく、非正規に学ぶ方々からの投稿も歓迎します。このような決定に至ったのには以下の3つの理由からです。

第一に、非正規に学ぶ人が生け花を面白くすることがあるかもしれない。日本の華道は正規に指導を受けた方ばかりでなく、指導を受けないか、わずかの指導だけで創造を続けた華道家によっても発展してきている。

第二に、生け花とは本来芸術的な側面と精神的な側面とから成り立っています。精神面での成長に有用なものとして、無差別の実践があります。この教えに従い、内なる恐れを克服する勇気を持つことが重要です。非正規に学ぶ方々を差別せず、受け入れるのは当然のことです。

第三に、生け花ギャラリー賞は生け花史上初の世界中のあらゆる流派の方が無料で参加出来るコンクールです。このユニークさ、寛大さ、公平さ、友好的態度。これらは私達の哲学です。

近年、いくつかの流派が自己の流派内でオンライン・コンクールを開始しています。正規に学ぶ方々はこうしたコンクールにも参加出来るでしょうが、非正規に学ぶ方々にはこの賞が唯一の機会なのです。

有資格の生け花教師から学ぶ機会がないという不利な状況にも関わらず努力されている方々を、この賞から除外することでさらなる不利な状況に陥れるなどということがあってはなりません。国際的なレベルの、生け花や芸術の専門家である私達の審査員から直接フィードバックを受けることができるという小さな学習の機会を提供出来ることをとても喜ばしく思います。世界中の生け花フレンドがこの決定に同意してくれることでしょう。」

彼を説得しようと甚大な時間を費やし、こんな小論文まで用意しているわけですよ。
これで石頭にも目覚めてほしいですね。
ここで反省出来るならパスタも相応な人物でしょう。
過去の過ちも水に流しましょう。
しかし、どうでしょうか?

他国の方々への嫌がらせが続いたり、
生け花ギャラリー賞への出品を控えるよう自国の生け花学習者に
強要したりするなら、仕方ないですね。
彼の所属する流派の家元に事態を報告し、
善処を求めるしかないでしょう。
それが一番手っ取り早い方法かも知れません。
そして、その流派の対応をここで報告しましょう。

事態はまだ進行中です。
どうなっていくのか、またいつか報告出来るでしょう。

2015年2月12日

一日一華:笑うか怒るか(3)


私たちの生け花コンクール、生け花ギャラリー賞を巡る国際紛争(?)についてさらに続けます。

パスタからメールで攻撃を受けたアナの教師、
ブランが私にメールを送ってくれました。

自分たちの事情を詳しく説明してくれています。
正規に生け花を学ぶ機会はないが、日本からの訪問者があるたび
その機会を捉えて学んできたと。
なんともけなげではないですか。
コンクールに参加していいだろうか?というのが趣旨。

当たり前だよ、と返事をすると、とても感謝して下さり、最後に、
「この件についてきわめて不寛容な方がある。
くれぐれも最大の注意を払って対応して下さい。」

私達の決定は、こうだ、と即公表してもいいのですが、
パスタにも礼をつくしましょう。
ブランからのアドバイスもあることですし。
「この件に関し、貴方が最も気になる点は何なのか?」

すぐに返事が来ました。多少、ブロークンな英語で、意味不明の部分があるのですが、大意は次のようなこと。

「非正規の生け花学習者は、正規の学習者の資格を貶める。コンクールの価値を引き下げることになるし、正規に芸術を学ぶ者のやる気をなくさせる。言っておくが、我が国の者は今後一切、このコンクールには参加させない」

ここでも私達は大笑い。

正規に生け花を学んでいるということが特殊なものだということです。
特権意識に近い。
非正規にしか学べない者などと、同席出来るか、と。

コンクールで自分の生徒が、他の流派の生徒に負けたとか、非正規で生け花を勉強している生徒に負けたとかいうことになると、生徒から批判されるのではないかと不安になるのかもしれません。

たかが小さなコンクール、勝ってもよし、負けてもよし、楽しもうじゃないか、という具合になれたら素晴らしいと思いますが。

ともかく、彼は大手華道流派、ユーロッパの大国の支部長レベルの方です。
無視するのもひとつ。放っておいたらいい。

しかし、もう少し建設的な解決方法はないものでしょうか?
相互の立場を理解しあい、相互に協力出来るような関係が作れないか。

パスタの行為の問題点はいくつかあります。
まず、他国の少数の生け花学習者に対する嫌がらせ。
私達に対する営業妨害。
このプロジェクトは非営利活動ですから
被害を計上することはできませんが。
自らのグループの生け花の生徒が自由に国際コンクールに参加する権利を奪っている。
さらに、日本文化に対する無知。

日本の華道教師が他の生け花学習者を理不尽な理由で
攻撃する、侮辱するなどということがあり得るでしょうか?

例えば、日本の離島で先生の指導が得られず、自分たちだけで生け花を勉強しているグループの方がオンライン上に作品を掲載したとします。
その方々に対し、「生け花やっているなんて言うんじゃねえよ。そんな資格ないぞ」なんて暴言を吐く先生、あり得ないでしょう?

華道とは花を生けるだけでなく、人格の向上をも目指すもの。
人間修養という考えがある程度、浸透している日本ですから、
そんな愚劣で、思いやりのかけらもない態度が明らかになれば、その先生につく生徒などいなくなるのではないでしょうか?

さらに、この暴言教師が、ある流派の、例えば大阪支部長であったとしたら?
その先生本人というより、その流派はどうなっているのか?
ということになるでしょう。

パスタが一個人ではなく、日本の大流派の某国支部長という責任ある立場にあるということが今回の問題を見過ごすことのできないものにしているのです。
自己保身ゆえの、不寛容な一個人の愚行というレベルでは済ませられない。彼の発言は彼の流派を代表するものだという見方だってできるでしょう。
大流派であるだけに、パワハラという要素も出てきます。

彼の言動の責任は、彼の無知を放置して、権力を与えている流派にもあるのではないか?技術指導だけで、精神的な側面の指導を怠ってきたのではないか?
そういう人が海外で日本文化を体現しているだの、マスターだのと言って
会員を統制している姿は、日本文化に対する侮辱です。
日本人として恥ずかしい。

こうした問題に誠意を持って対処する意志がないなら、
海外進出する華道流派の狙いとは、日本文化を広めるなどということは建前ばかり、
本音は金儲けだけなのではないでしょうか。

実際、パスタのような人間は権威を欲しがり、精力的に活動します。流派はそれにつけ込むことができ、便利なのです。「それ、間違っていませんか?」などとすぐ声を上げる人間は扱いにくくてしょうがない(笑)。

さて、私達の対応策です。
次回に続きます。

2015年2月11日

一日一華:笑うか怒るか(1)

古い針金で遊んでみました。

さて、過去2回のポストで触れた問題。
私たちの生け花コンクールを巡る国際紛争。

笑うべきか、怒るべきか。
私の生徒も家族も皆同じ反応。
笑ったり、怒ったり。
さらに考えてみると、そこには面白い問題も潜んでいるように思うのです。
日本文化について。

特に、海外ですから、異文化としての日本文化の受容の問題。

問題の概要がはっきりしてきましたので
何回かに分けて報告しておきましょう。
詳細を忘れたくないですし。
やはり、面白いです。私自身、いつか別の形で書きたいと思うほど。
それに、日本の方々に広く知っていただきたい問題です。
もし共感していただけたら、是非シェアして下さい。
インターネットがあるからこそ報告出来る
笑える、しかし、腹立たしい問題。
問題の原因がどこにあるのか。

発端は、昨年度の私たちのいけ花ギャラリー賞に入選したある国のアナ(仮名)宛の、
別の国のパスタ君(仮名)のメール。

そのやりとりをパスタはすべて私に転送してくれました。
「どうだ。ひどいだろう。とんでもないじゃないか」とかなり剣幕。

しかし、私には何が問題なのかさっぱり。

もう一度メールのやり取りを読み直しました。
はじめは丁寧なやりとり。
それから段々、無礼な言葉の投げ合い。
パスタは「おまえなんか生け花の生徒だなんて言える身分じゃないんだ。
このコンクールに参加する資格なんかないんだ」などなど。
もっとひどい言葉なのです、実際。
これは良識ある人のやることではない。

パスタはある流派の華道教師。
その国のなかではかなり重要な位置にあるらしい。
しかも、彼の生徒が前回のコンクールでアナに負けているという背景がありました。

ここでまず笑えます。

私たちのコンクールがそれほどのものか?
賞金があるわけでもない、スポンサーもない。
まだまだ無名で、日本からもなかなか出展がないと困っている。
本当にちっぽけな賞でしょう。
それにここまでムキになることがあろうか?

自慢出来ることがあるとすれば、ボランティアの審査員の方々。
日本、オーストラリアのこれ以上は望めないだろうというレベルの方々です。
コンクールの趣旨をご理解いただき、ご協力いただいています。
本当に感謝しています。

パスタが腹を立てている理由というのが、
また何とも情けない。

それでまた笑えます。
次回に続きます。

Shoso Shimbo

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