華道家 新保逍滄

2015年2月16日

一日一華:笑うか怒るか(5)


これまで数回に渡ってお話ししてきたいけ花ギャラリー賞を巡る国際紛争(笑)に関連して、私が英文サイトに忠告を載せ、
いけ花ギャラリー賞のサイトに私達の決定を載せました。

その後、パスタ氏からはなんの反応もありません。

ブランからはいけ花ギャラリー賞のサイトに決定を
載せるや、5分もしないうちにメッセージが届きました。

「たった今、ニュースを読んだところです。
心よりお礼申し上げます。
貴方の公平な態度、さらにいけ花の本当の精神を
反映させた決定にお礼申しあげます。

また、他のポストで、今回の件に関連し、いけ花教師の不親切な態度に遭遇したと書いておられましたね。とても申し訳なく思っています(これは私の英文ブログに載せたポストのことです)」

パスタがどう動くのか、まだ分かりませんが、私達の決定に納得してもらえればありがたいところです。ひとまず、一件落着と見なしていいのかもしれません。

海外で生け花をやっているということ。
それがある種の方々に、独特の優越感をもたらすということ。
そこまでは、まあ、いいのでしょうが、
この優越感故に、いじめ、パワハラ、排他的態度などが起こり易いということ。

実際、よく起こっているのです。
リーダーなり流派なりが、
きちんと対応を考えてほしい問題です。
場当たり的な対応ではなく、もっと抜本的な対応を望みます。

ひとつヒントになるのは、池坊の指導方針です。
この連続記事の前のポストで少し触れています。
他の流派、特に大手流派に見習ってほしい点です。

技術指導をもっぱらとするのではなく、
生け花は精神文化であるという側面も
海外では伝えていただきたい。

精神文化などというとなんだか大それたことのようですが、
そうではないのです。

日本で「当然、華道をやっている人ならこうであろう」
と一般の方が考える常識的なことです。
マナーとか、たしなみとかいった日常的なことも含みます。

それが海外にはないわけです。
基本的に、そう思っていただきたい。
ですから技術指導だけでは、不十分なのです。
技術を教えただけで、生け花を教えたということにはならないのです。




Shoso Shimbo

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