Noteに「メルボルン生け花フェスティバル」における最近の変革について思うところを、記しました。
https://note.com/shoso_shimbo/n/ncea10e58369a?sub_rt=share_pw
変革というのは、同時に挑戦ということでもあります。
現状を変えたいなら、挑戦する。
現状を変えたくないから、挑戦しない。
今回は、挑戦しない限り、近い将来、組織が存続できなくなるだろう、という状況でしたから、挑戦せざるを得なかった訳です。
そうした非常事態でない場合にも、挑戦ということは問題になります。例えば受験などもそうかもしれません。高校生の頃、私が自分の志望大学を告げると、周囲の人たちには笑われたものです。実際、自分の身の丈に合わない大きすぎる挑戦でした。
私を笑った人たちのことをふと思います。私の人生に何の意味も持たない人たちでした。
要は、挑戦する自分を笑う人たちとは距離を置くことです。議論しても意味がない。自分が挑戦に失敗すればさらに笑われるでしょうし、成功すれば妬まれ、憎く思われる。他者の成功を褒め称える度量もない。それだけの人たちです。
もちろん、そのような人たちとの付き合いが大切なら、挑戦などせず、皆の意見に従って、目立たぬよう、嫌われないよう気をつけて、グループの中でおとなしく生きて行くことが大切でしょう。そんな皆に好まれる生き方をしている人が多すぎるように私には思われますが。
挑戦する限り、周囲に敵が現れ、「不遜だ」、「お前ごときにそんなことができる訳ないではないか」というような声に囲まれます。嘲笑、陰口はもちろん、機会があればここぞとばかりに陰で足を引っ張るようなものまで出てきます。そういう方々とは、礼を失しないように心がけつつも、冷静に、確実に、距離を置く。挑戦者の心がけとして、それが大切なのではないかな、と思います。
気楽に始めたメルボルン生け花フェスティバルの運営。思いもしなかった挑戦に次々と見舞われます。挑戦者の心がけで乗り切るしかないでしょう。CEO放談シリーズであれこれ書いています。挑戦など必要とせず、気楽に運営できる状態を夢見ていますが、そうなってしまうと、もしかすると辞めたくなるのかも。
