華道家 新保逍滄

2016年8月10日

一日一華:根拠のない楽観主義


メルボルンの花菱レストランにいけた作品です。

最近どこかで読んだ記事で繰り返し
使われていた言葉、「根拠のない楽観主義」
が気になっています。 

確か、第2次世界大戦へ向かう日本の言論状況についての
コメントだったと思います。
つまり、なんとなく勝てるんじゃないかという気持ちから
あまり熟考することなく国が戦争へと動いていった。
無謀で、被害が大きすぎる国難へと。
そんな指摘でした。

とても面白いと思いました。

根拠のない楽観主義、そして、その悲劇的展開。
これは日本史上何度か繰り返されているようです。
悲観的なこと、不穏な現実は考えたくないですから、
楽観的に構え、世の大勢に流されていく。
そして悲劇的結末に。

今現在もそうした言論が盛んではないでしょうか。

あるジャーナリストが、
「中国が攻めてくるなんてあるわけないでしょう。妄想ですよ」
と盛んに宣伝していました。
もちろんその通りならありがたい。

ただ、これも「根拠のない楽観主義」ではないか、と気になります。
このジャーナリストは、他の日本のジャーナリストの多くと同様、
左翼的で反日的な言論で知られている方のようです。

首相を「安倍が」などと呼び捨てにしたり(他者を貶めることで、自分が偉くなったような気持ちになるのでしょうか?)、
国内法でしかない日本国憲法を守れば、戦争は避けられるかのような
主張を繰り返したり(国際法さえ無視しようという某国がどうして日本の国内法を尊重すると考えるのか?いい子にして丸腰でいれば、誰も攻めてきたりはしないよ、ということでしょうか?)、
天皇制には反対だとかという観念論を振り回したり、
自衛隊はいらないと主張したり。

もしかすると「根拠のない楽観主義」に基づいているがゆえに、
国際社会の厳しい現実からひきこもって、
不穏な現実に目をつむっているがゆえに、
反日を主張できるのではないか?
お花畑の平和主義者をやっていられるのではないか?

「根拠のない楽観主義」は、
根本に甘えがあるのかもしれない。

それよりもっと重要なことは
「根拠のない楽観主義」は多くの人を不幸にしかねない
危険な思想傾向だということ。

右翼にも左翼にも影響を受けすぎることなく、
自分の頭で、現実に基づいて、できれば冷静に、
現状を考えていくことができるといいのになあと思います。

関連ポスト:http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2016/06/blog-post_23.html

2016年8月9日

21世紀的いけ花考 49


 いけ花は現代芸術になりうるか?と様々考えてきました。おおよその結論には達しました。これからは少し補足です。

 現代芸術がいけ花と大きく違う点のひとつは学術的な体系ができていること。私がコンテクストとか批評の充実として説明してきたこととも関連しています。その結果、どうなるか?現代芸術家は文武両道であることを求められるのです。もちろん比喩ですが、文とは現代芸術の理論や専門的知識のこと。武とは実技のこと。モダン芸術以降、何でも芸術の素材になるという考え方から、実技と言っても分かりにくくなっていますが、素材にどのように手を加え、面白い作品に変容させているかということ。特に、大学の芸術学部スタッフとなると一般に文武両道が求められます(もちろん、文だけ、武だけの先生もあります)。

 しかし、私の知る限り、本格的な文武両道の芸術家は少ないようです。理論が強い人でも作品がトホホであったり。作品は素晴らしいのに論文はアチャ〜であったり。ある博士論文を読んでいて驚いたことがあります。1ページに1回くらいパワフルという形容詞が出てくるのです。芸術作品の評価をするのに使っているわけですが、こんな論文でいいのか?と思ったものです。ともかく文武両道はとても達成が難しい。でもそこを建前上目指しています。
 
 その点、いけ花は分かりやすい。武(実技)だけです。武だけで師範にも教授(?)にもなれるのです。もちろん、若干文も求められる場合もあるでしょうが、学問的には脆弱です。

 いけ花においても文を追及できないか。私が所属する国際いけ花学会の任務はそういうところにもありそうです。年刊学術誌も3号発刊済み、会長、副会長共に近年重要な書籍を出版されました。なおこれらの書籍は全てモナシュ大学図書館に収蔵されています。今後いけ花はもっと深くなっていくでしょう。

 今月は今年の5月に行ったいけ花パフォーマンスの作品を紹介しましょう。約40分間、尺八と琴の生演奏をBGMに黙々と活けていきました。いろいろな見せ方があると思いますが、瞑想しながらひたすら生けるところを見てもらいたかったのです。


 さて、8月にはオンライン国際いけ花コンクール、いけ花ギャラリー賞の発表、10月にはアボッツフォード・コンベントで合同華展・和が開催されます。詳細は私のサイトからどうぞ。

2016年8月8日

2016年8月2日

一日一華:ギャラリーに


レズリー・キーホー・ギャラリーズでの展覧会の
オープニングにいけ花を依頼されました。
オーストラリアを代表する陶芸家の一人、
Shoji Mitsuo 氏の花器です。
木瓜を使って楽しい瞑想の時間を過ごしました。

これは今日教室でこの作品について話したことですが、
50本ほどの木瓜を一本一本
長さ、位置、角度を計算しながら活けていくわけですが、
「その苦労をどれだけの人がわかってくれるのかねえ」
と言うと、
「私たちは分かりますよ」という返事。
皆苦労していますから。


2016年8月1日

新規開店の祝い花





メルボルンに新しく開店した日本レストランの祝い花を依頼されました。
二メートル四方のテーブルの上に。
花を囲んで食事していただきます。
精進料理を基本とした和食カフェ。
おそらくメルボルン初のコンセプトでしょう。

以前、ギャラリーだった店ですから、
とてもすっきりしたインテリア。
いけ花に最適です。

Chotto, 35 Smith St, Fiztroy, Melbourne


2016年7月26日

いけ花ギャラリー賞セミファイナル発表


いけ花ギャラリー賞セミファイナル作品が発表になりました。
以下のブログでご参照下さい。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au/2016/07/semi-finalists-for-ikebana-gallery.html
また、以下のフェイスブック・ページから人気投票を受け付けています。
アルバム中の15作品からお気に入りの作品がありましたら、3作以上をLikeして下さい。おひとりあたり3作以上としているのは、ファイスブッックの友達の少ない生徒が大きな不利にならないようにするためです。
https://www.facebook.com/IkebanaGallery/photos/?tab=album&album_id=900827010046460

今後とも皆様のご支援をお願いします。

2016年7月21日

インターナショナル・フローラル・アート



Inernational Floral Art 2016-2017に作品が掲載されました。
2015年度のMelbourne International Flower and Garden Show への出展作です。
https://youtu.be/Z31-LwhP1DI
この作品は確か3日間で作ったものですが、時間が足りず苦労して仕上げたものです。協力してくれた私の生徒、スタッフに改めて感謝。

Inernational Floral Art の掲載作品は西洋花が中心です。
かなり質の高い作品が並んでいます。西洋花関連では最高権威の出版物というような謳い文句で流通しているようです。

西洋花といけ花の違いは?
西洋花と芸術の違いは?
いけ花と芸術の違いは?
ページをめくっていると、そんなことをつい考えてしまいます。

これら3者は、大まかなところで接しています。
隣接する3つの輪を描いて下さい。
それぞれの領域をずっと拡大していくと、接する部分が出てきます。

ただ、本質的な違い、根本の違いというのもしっかり認識しておく必要があるでしょう。
私がメルボルンの日本語新聞「伝言ネット」に100回以上連載中のエッセイでも重要なトピックです。このブログに「21世紀的いけ花考」として転載しているものです。
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2016/07/blog-post_11.html

本質的な違いを考えていく際の焦点となるのは次の2点でしょう。
自然に対する態度の違い
歴史的文脈の違い
私にとっては興味深いトピックです。

2016年7月18日

一日一華:レストランにいける



メルボルンの花菱レストランにて。
商業花ですからあまりに実験的なことはできませんが
それでも基本を押さえつつ、
毎回、遊ばせてもらっています。
同じような骨格の花を何回か紹介してみます。

時間制限の中で
夢中で過ごす数時間は気持ちのいいものです。


2016年7月15日

ホーム・パーティーの花


常連のクライアントからホームパーティーの花の依頼。
通常、中作ひとつ、テーブルのセンターピース、そして、小品という組み合わせ。
この作品は最小のもの。
白いチューリップを見つけるや、
これしかない、とメインの花に。
脇役はピンクのバラでしょう。

2016年7月12日

オンライン指導



生花のオンラインのコースも完成していますが、まだ、正式に公開はしていません。
しかし、生徒の一人が国際的なビジネスに関わっていて、定期的に教室に通えないため、彼女の希望でオンラインで教えています。
上の作例の通り、彼女への指導は比較的うまくいっています。
やはりお互い実際に会っているということが大切かなと思います。
顔を合わせたことがない人にオンラインだけで指導というのは
生花の場合、難しいかもしれないですね。

それでも以下の通り、希望者には対応しています。

2016年7月11日

21世紀的いけ花考 第48回: 国際交流基金


 生花と現代芸術については書きたいことがまだたくさんあります。数年来、両者を比較して考えてきましたから。現代芸術の中にも花を使った作品が多数あります。しかし、「花を花として使っていない」と感じることが多いのです。おそらくいけ花をやっている方には分かっていただける感想でしょう。もしかすると西洋花に対してそのように感じるいけ花制作者もあるかもしれません。内輪だけならそれで分かり合えるでしょうが、この違和感をきちんと説明するのはなかなか難しい。知的訓練を積んでいない人になると「花が生きてないわ」「花への愛情がないのよ」とか言って済ませてしまいそうですが、それは浅薄。

 実は、この違和感を追求していくと「いけ花では花をどう使っているのか」「花をどう使ったらいけ花で、どう使ったらいけ花でなくなるのか」、結局、「いけ花とは何か」「その真髄は何か」と考えていくことになるのです。私の場合、そんなことを考えているうちに小論文ができてしまいました。Flowers in Contemporary Art という題で、国際いけ花学会の学術誌「いけ花文化研究」第3号に掲載されました。英文論文ですが、邦題は「現代芸術における花:いけ花的見地から」というあたりでしょう。A. Goldsworthy, S. Sze, A. Gallaccio という3名の現代芸術家の花を使った作品を取り上げ、花の扱い方を分析しました。この考察で気づいたことはまたおいおい話すことにしましょう。面白そうだなと思っていただけたら、私のサイトに論文要旨を英文、和文で掲載しますので、ご覧下さい。さらに、学術誌を購入しようかという方も大歓迎。1冊千円(要送料)。コーヒーとケーキを一回我慢すれば買えます。頭のトレーニングになって、国際いけ花学会を支援できて、カロリー減量もできる。いいことだらけです(笑)。

 今回は国際交流基金の依頼で制作した作品。前回紹介したのがビクトリア州政府依頼でしたから、数週間の間に政府関連の仕事が続きました。ありがたいことです。スノー・トラベル・エキスポという日本他への冬の観光振興を目指す博覧会でした。そこで日本文化紹介のコーナーに制作。制作したことのあるスタイルなら楽ですが、せっかくの機会です。あえて新しいスタイルに挑戦。制作時間が限られていて、うまくいくか分からない部分が多分にありました。とても勉強になりました。逆境への挑戦だけが成長をもたらす、と実感。



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