生け花は日本の伝統芸術のひとつ。
この点では多くの方が賛同してくださるでしょう。
しかし、他の芸術、芸能と比べて背伸びしすぎではないでしょうか?
もしそうだとすると、そこには生け花の特殊性があるように思います。
例えば、音楽、和太鼓とか三味線とか、海外でも人気です。
例えば、陶芸、木工、板画、日本画、能、盆栽などと比べてみてください。
こうした分野で修行をして、先生になったとします。
そうすると師匠とか先生とか言われるようになるでしょうが、
「教授」などという大それたタイトルを使うところはあまりないでしょう。
国内ならともかく海外では少し困ります。
英訳するとプロフェッサーですから。
プロフェッサーと言ったら、通常、大学の先生。
博士号取得は普通、国際的な著作が数十点と言うレベルです。
通常、論文一つ書いたことがない専業主婦が片手間で手にできるタイトルではありません(例外があるかもしれませんが)。
ですから、海外では、花道で「教授」というタイトルをもらっても名刺にプロフェッサーとはなかなか書けない、そこまで傲慢にはなれないという方は多いものです。
(ただ、次のような可能性も考えられます。つまり、教授というタイトルを生け花界が先に使用していて、それを学制が整うにつれ、学校制度の方が拝借したということなのかもしれません。とすれば、生け花界の方こそ迷惑を被っているのかもしれません)
また、「芸術だ、芸術だ」とことさら主張するのも生け花の特徴です。
陶芸家などには「クラフト(工芸)でたくさん。芸術なんて言わんでくれよ」
などと謙虚な方が多いものです。
なぜ生け花がこういうことになったのか。
かつては(戦前あたりでしょうか)料理、生け花、裁縫と、主婦の3つの必修技能のひとつでしかなったのです。
それが、芸術となり、街のお師匠さんが芸術家、あるいは「教授」になり、
ということになったのですね。
どうしてそうなったのか、
どのようにしてそれが可能だったのか、
そして、その弊害は何か(そう、弊害が生じていると思います!)。
生け花の歴史を勉強すると少しずつ分かってきます。
その辺もいずれお話しします。
しかし、あまりはっきり話すと今以上に敵を作りそうな話題なので、
注意しながら、気の向いた時に続きを書きます。
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