自然破壊、環境汚染にはなかなか有効な手立てが出てこないまま、
地球は危機的な状況へと向かっています。
この現代の危機は、現代人の精神の危機と対応しているのではないか。
特に、主要な宗教が死生観、ことに死に対して有効な回答を提示しえていないということと関係があるように思えます。
私がそう考えるのには理由があります。
が、この話は長くなりそうなので、またの機会に続きます。
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白いガラスの器。
緑から白へのコーディネーション。
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一日一華:ハラン
この花材、どう使っていいか分からないから置いていきます、
何か作ってみせて、
なんていうことで、生徒から宿題をもらうことがあります。
日本ではそんなことはあまりないのでしょうが。
海外ですから、なんでもあります。
でも、それも挑戦。
そこで、ハランとバーゲンディーの百合の取り合わせです。
日本でありえない、というか
華道家にとって、多分あまりないのは、
芸術作品制作の依頼でしょう。
華道家が何をやる人間か、おおよそ世間は分かっています。
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一日一華:RMIT大学にて
RMIT 大学での公開講座、「いけ花から現代芸術へ」にて。
この講座はとても楽しくやっています。
条件はいろいろありますが、やってみたかったことが
ぎっしり詰まっている感じなのです。
通常のいけ花クラスでは、流派のテキストに従って指導していますが、
この大学での講座はすべて私のカリキュラム。
自由にやっていいよということなのです。
流派のコースでは充分できないこと、
芸術学部のコースでは充分でないこと、
それらをあれこれ考え、
芸術… Read More
一日一華:勅使河原宏の新境地
いけ花の先輩の方々、著名な先生方の作品を拝見していると、
ある時点で独自の境地を開かれるのだな、とよく感じます。
その点では多くの方が共通しています。
しかし、作品は二つのタイプに分かれるように思います。
ひとつは、解釈可能な作品。独特の作品でありながら、多くは国際的な現代芸術の文脈で解釈可能な作品。
もうひとつは、解釈不可能な作品。作者の圧力のこもった作品であることは理解出来ますが、なんら意味を生成しない作品。独りよ… Read More
一日一華:庭の草花で
冬ですので、それほどたくさん花はありませんが、
庭からとった花材で小品を作ってみました。
まもなく生徒向けのいけ花コンクールの応募締切り。
それから私達選考委員の作品選抜作業がなかなか大変です。
http://ikebanaaustralia.blogspot.com.au
https://www.facebook.com/IkebanaGallery
もう少し応募が増えると
もっと面白いのに、と思います。
いけ花にコンクールを持ち… Read More