華道家 新保逍滄

2015年5月1日

21世紀的いけ花考(34) 


室町時代、「立花と違い、花を生かすから生花というのだよ」という主張がなされたようなのです。それが多くの方にすぐに了解されたようなのですね。ということは当時、「生かす=蘇らせる」という言葉の意味が了解されていたということ。花を蘇らせるとは、どういう意味だったのでしょう?

 おそらくそれを調べる一番の方法は、当時影響のあった文献を求め、「生く」あるいは「生」という言葉がどのように使われていたかを拾いだし、その意味を定めていくことでしょう。私にもそんな余裕があれば、取り組みたいところ。

 しかし、私は仮説を提案するだけ。奇説ならなお結構。実証の部分は専門家にお任せ、というスタンス。かといって、私の仮説は全く根拠のない空想でもないのです。ここで参考にするのは、正岡子規の写生について小林秀雄が語った次の文章。「写生とはSketchという意味ではない、生を写す、神を伝えるという意味だ。この言葉の伝統をだんだん辿って行くと、宋の画論につき当たる。つまり禅の観法につき当たるのであります」(「私の人生観」)。やれやれ大変なことになってきました。さらに、写生とは実相観入だとか、観入とは空海の目撃だとか、話が拡大していくのです。ともかく生とはある観点からは実相であり、また神であるということ。その生を写せば歌になり、その生を切花に与えれば生花になるということです。歌論も華道論も同じ穴を掘っているわけです。この穴こそ東洋思想の核。

 私には面白いこうした議論も、最近の学会では流行らないようですね。人気なのは軽ーい題材。アニメの研究、オネエ言葉の研究、オタクの研究、そういうカタカナのトピックが多い。もちろん題材が軽くても、研究方法がしっかりしていればいいわけです。博士論文などそのほうがいい。ともかく、人気のない難解な題材をこの場で、長々と引きずってはいけないでしょうね。次回は軽ーくいくことにしましょうか。

 今月紹介するのはテーブルアレンジメント。西洋花的な丸いデザインで。花材には豪州のネイティブをというリクエストでしたので、バンクシアをにょきにょき見せています。枝で作った土手からソリダゴがこぼれて、その下には緑の実やジャスミンをびっしり。ジャスミンのこうした使い方はいけ花の文法にはないものでしょう。

 なお、Living Now 誌で連載を再開します。ここでの連載と補完関係になるでしょう。お楽しみに。

 

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