華道家 新保逍滄

2017年6月5日

21世紀的いけ花考 59回



 ここまで「日本文化=禅文化論」に対する素朴な疑問を述べてきました。今回はその流れで少し脱線します。茶道について気になる点があるのです。

「侘茶は、禅における宗教改革であった」。京都学派の哲学者、久松真一の言葉です(「茶道の哲学」)。禅が、僧のものから市民のものになったのが侘茶だということでしょう。つまり文化変容のこと。とすると疑問が生じてきます。

 わかり易い例で説明しましょう。メルボルン日本祭りというのがあります。この祭りは日本の祭りそのままではないはずです。日本の祭りと、豪州のイベントの慣習とを噛み合わせて開催されているはず。この辺は主催者が苦労される部分でしょう。ここには文化変容の絶対法則があります。つまり、A: 日本の祭り(本来の文化)+B: 豪州のイベント(別の文化)=C: メルボルン日本祭り(新文化)という公式。Bなくして Cは成立しないのです。あるいは、AとBの立場は逆かもしれません。つまり、豪州のイベントというのが本来の文化で、そこに日本の祭りという別の文化を注入して、メルボルン日本祭りが成立しているという見方もあっていいでしょう。

 さて、久松の宗教改革論ですが、A: 禅(本来の文化)+B:?=C: 侘茶(新文化)、となります。つまり、Bが不明なのです。まるで禅が独自に変革して新しく生まれ変わったようです。そういうことはありえないはずです。おそらく中国から伝わった茶会の風習などが他の文化(B)としてあったのでしょう。それは日本で闘茶などという博打的な遊びに発展していました。そこに、禅的な精神を注入して侘茶にした(C)ということでしょうか。

 私の疑問は、人々の博打遊びを見て、これを宗教儀礼のような、魂の触れ合う精神的な場にしようという発想になるか、ということ。現代なら、パチンコや麻雀に精神性を求めようとするでしょうか?

 これは私の空想ですが、茶会の影響も否定しませんが、もしかすると侘茶は飲食に関する神事がモデルで、そこに流れる精神を禅的な表現にしたのでは?禅+神事=侘茶という仮説。この仮説の弱点は、侘茶の提唱者とされる村田珠光と神道の繋がりが見えてこないこと。彼は禅僧であったようですが。ですから、残念ながら私の仮説は空想の域を出ないですね。しかし、神道重視で、日本文化を見直すのは面白い作業です。

 今月はクリニックのレセプションに活けた花。水がやりにくいですが、と言うと「うちの医師に注射器でやってもらいましょう」とのこと。

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