華道家 新保逍滄

2017年6月16日

鯨の巨大便(5)


今年、2017年、4月に帰省したところ、郷土の文芸誌「村松万葉」が廃刊になると知らされました。寄稿者のリストをみると、50代の私が最年少の一人という状況ですから、存続は厳しいのだろうと思われます。この文芸誌を創刊され、32年間、継続してこられた文学者、本間芳男先生のご尽力にお礼申し上げます。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/local/20170329315525.html

「村松万葉」は新潟県の主要な公立図書館で閲覧できるはずですので、機会がありましたら是非ご覧下さい。また、本間先生の作品も機会がりましたら是非どうぞ。児童文学には、相応の枠組みがあるものと思っていましたが(ちょうどディズニー映画が様々なおとぎ話から残酷な部分を排除してしまうように)、先生の作品には、そんな配慮などまったくないのです。直球を子供達の胸にぶつけていく、力強い本物の文学です。
https://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC%E9%96%93-%E8%8A%B3%E7%94%B7/e/B004L26GWE
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/131382.html

このブログでも2回ほど「村松万葉」について、言及しています。
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2016/06/blog-post_28.html
http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2016/07/blog-post_8.html

今回は、2009年度版に寄稿した原稿、「蛭野・魚・地球」を再録します。そして、鯨の巨大便シリーズはひとまずここまでとします。

「村松万葉は文化遺産だと思う。特に年配の方々の思い出話は貴重なものだ。私達が経験し得ない先人の歩みは私達の人生にとても大きなものをもたらしてくれる。そう言う私自身、もう昔話をしてもいい頃か。甥や姪のためにも祖母や父母のことを書きたい。60~70年代の雪国の農家の生活は厳しく、怠惰の入り込む余地などなかった。今も、朝、起きられなかったり、困難に出会ったりすると、「父母を想え、祖母を想え」と自分を叱咤する。それほどの生き方を残してくれた。しかし、父母の時代については、母が健在だからきちんと話してくれるだろう。今回は私が子供の頃の話をひとつ、ふたつ。

故郷を離れて暮らしているせいか、育った蛭野の夢をよく見る。堤の前あたりに見慣れない建物が建っていたり、慈光寺に通じる別の道があるのを発見したり。そして、魚がいろいろな形で出てくる。浅瀬で大きな体を横にしてあえいでいたり、見たこともない色とりどりの魚の群れが気持ちよさそうに泳いでいたり。夢分析でもしてもらったら面白いだろう。「魚」に関連して思い出すことがある。私にとって大切な意味があるのかもしれない。

小一の頃だろう。学校の帰り、区画整備もされていない田圃道を歩いていた。気付くと、ようやく根付いた緑色の稲株の周りの水が真っ白になっていた。次の田も、また次の田も真っ白。ドジョウや蛙などの死体だった。皆、白い腹を上にして、固くなって水に浮いていた。何か大変なことが起こったのだ。一目散に家を目指した。新しい農薬を散布しただけだと知らされた。「それだけのこと」と言われても、何か取り返しの付かないことが起こってしまったのではないか、と心のざわめきは収まらなかった。

それからというもの、水中生物は激減した。いつの間にか数が減り、気付くともう何年も見かけない、という生き物がたくさんいた。私は魚はもちろん、水の中の生き物が大好きだった。水槽の生物はどれだけ見ていても見飽きることがない。ヨコノミは指先に乗る位の丸い蝦の一種。親が子供を腹に抱えていることもある。泳ぐ時、体を横にしてツイツイ泳ぐ。郵便持ちは細長い虫で、頭の後ろに毛のようなものが生えていた。泳ぐとそれがゆらゆら揺れた。ゲンゴロウと水澄ましは似ているけれどゲンゴロウがずっと大きかった。タナゴは横腹にきれいな虹色が浮かんでいて、川で捕まえたときは宝物扱いだった。ドジョウはくねくねと水面に上っては、また水に潜っていく。鯰の子供のようなグズというさえない魚もいた。愛嬌のある顔が好きだった。黒いナツメも不思議な魚だった。そして、少しこわいようなタガメ。

毎年、稲刈りが終わった頃、堤狩りがあったことも思い出す。水を落とした堤で魚を掬い取る。蛭野のどの家にも大きな網があった。大人の関心は鯉だったように思う。鯉は取っても自分のものにできず、いったん全て集め、くじ引きで分配していた。だから子供はフナなどの鯉以外の魚を狙った。普段は見かけない魚がたくさんいた。それを腰のびくに入れ、冷たい泥水に首まで浸かってあさるのだ。堤狩りの後は、しょうゆ味の雑魚煮が何日もおかずにでた。亀が取れることもあったが、それは大変な賞品だった。甲羅に穴をあけ、池の周りにつないでおく。「去年はあの辺で亀が取れた」などということが子供の話題になった。私にとって蛭野は生き物の宝庫だった。そんな話を家内にしていたら、痛いほどの思いが込み上げてきた。

最近、奇形蛙の研究をしている学者に会った。足が3本、5本の蛙、さらに手足がない蛙も世界中で見つかっているという。その数はどんどん増えているらしい。はかないものから順に環境汚染の影響を受けていく。人への悪影響も出始めているというのになかなか動けないでいる。

また、調査捕鯨などという蛮行を続ける国もある。その調査は学問的に稚拙で、国際的な学術誌に採用されたことがない。科学的根拠のないデータを示し、絶滅寸前の野生動物を捕り続け、世界の嫌われ者になっている。メディアも真相を隠している。海外のテレビでは、その国の漁船が血を流しつつ逃れようとする鯨の親子を容赦なく殺し、切り裂く場面を何度も流しているのに。地球はあえいでいる。」

鯨の巨大便(5
鯨の巨大便(4
鯨の巨大便(3
鯨の巨大便(2
鯨の巨大便(1

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