華道家 新保逍滄

2015年3月7日

一日一華:小説・教室のうわさ話(5)



マリアの携帯がまた鳴った。
生花クラスの最後はいつもShow & Tell。
今日の作品を順に皆で見て回る。
合評会といったところ。いつも10分ほど。
合評会が始まってから、
マリアの携帯が鳴るのは4回目だ。
呼び出し音は聞き慣れたクラシック音楽だが、
4回目となると、
さすがに穏やかな上品さはもう感じられない。
それでもマリアはおっとりと携帯に話しかける。
「今、行くって言っているでしょう。もう終わったのよ。
片付けしているところ」
マリアが携帯を切る。
1秒たったろうか。
ひと呼吸も終えないうちに、また、携帯が鳴る。
10人ほどの生徒の間にも、
どこか緊張感に似た異様な空気が漂う。
「マリア、早く行った方がいいよ」
私は笑って言った。
「仕方ないわね」とマリアは携帯にでる。
自分だったら多分、腹を立てるんじゃなかろうか。
こんなしつこい相手には、電源切るだろうなと私は思う。
「はいはい、今、移動中。玄関のドアあけたところ。そうだ、あなた荷物運ぶの手伝いにきてよ。家の前にいるんでしょう?」

間もなく髪を短く切った大柄の男がやってきた。
大股で歩いているのに、素早い。
きっとロシアでは軍隊にいたんじゃないかなと思う。
マキシム機関銃をぶっ放し、敵軍の50人位は血祭りに上げているかもしれない。

ソ連についてだったと思うが、
多くの結婚がうまくいかないという話を、以前、聞いたことがあるのを思い出した。
多くの男にとっては入隊することが生活の安定につながる。
多くの女性にとってはそういう選択はない。
そこで学業に励む。
しかし、知的職業に就いても軍人の夫の給料には及ばない。
しかも、夫と知的レベルが違うために会話がうまく成り立たない。
まあ、どこまで正確な話なのかは定かではないが。
ある国についての大雑把なうわさ話など
ほとんどがいい加減なものだ。 

男は私達に一瞥もせず、
花器や花材の入ったマリアのプラスチックの箱を両手で持ち上げると
さっさと去って行った。
「じゃ、またね」と
マリアは靴を直しながら夫を追う。

「可哀想なマリア」
ナタリーが私にそっと言った。
「彼女の夫、鬱らしいの。突然、解雇されたんだって」
マリアの生活を想った。
鬱で忍耐力のない失業中の夫。
美しいが、金銭感覚が乏しい娘。
フランス語の家庭教師で家計を支えるマリア。
生花を続けらるのだろうか?

それから数週間。
マリアの生活にまた異変が起こったようだ。

Shoso Shimbo

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