今年もローン彫刻展に選ばれました。二年に1度の芸術祭、今年は州政府支援の作品依頼。しかも、昨年度末、山火事で大変な災害を受けたワイーリバー地域コミュニティの復興支援の一環としてという大役でした。
その経緯についてはまたいつか書くことがあるでしょう。
今回はその関連で時計の話。
急勾配な被災地の焼け跡から材料を運び出し、
4輪駆動のピックアップトラックで移動、
ビーチに作品制作という、肉体的にとてもきつい制作作業でした。
上部のビデオをご参照下さい。
そして、そんな状況に根をあげたのが私の時計。
ネジが飛んでしまったのです。左の時計です。
以前、一年に3個も時計を買うことになったという話を書いたことがあります。
それは一つの時計で全ての状況に使えるものを、
という考えでいたための失敗でした。
華道家は社交の場と制作作業の場、少なくとも2種類の時計が必要だというのが結論。
デザイン重視の時計と機能重視の時計、両立は難しいと悟ったのです。
社交用にはスイス製の時計。問題はあるものの、まあ、悪くはない。
高級時計とも言えないレベルですが、十分。
現在も使っています。
問題は作業用の時計。
とにかく見易く、正確でなければいけない。
デザインよりも機能第一。
デモなど数分のミスも許されません。
さらに、私は彫刻家でもあるため作業内容は土木作業員なみの過酷さです。
特に、今回のワイーリバーでは。
タフな時計でなければいけなかったのです。
高校生の頃からセイコー・クォーツで満足してきました。
ソーラーや自動巻(エコドライブとかいうのかな?)なども試したことがありますが、
正確さという点では若干心もとないように思います。
そこで、セイコーのパルサーブランドの時計を選びました。写真の左。
デザインもそこそこ。
私の好みはシンプルな薄型ですが、作業用ですから仕方ないでしょう。
用が足せればいい。道具です。
見易い。それほど高くもない。
少し厚いのですが、まあ、邪魔にならない程度。
しかし、時間が狂うのです。
朝確認すると10分ほども早かったり、遅かったり。
まさかセイコー社のものが?
何度もそんな調子。
保証期間中だったので、店に持って行って点検依頼しました。
すると、数週間後、新品と交換してくれました。
さすがセイコー社。プライドがあるのだなと思いました。
粗悪品など出せないのでしょう。
たまたま問題のある時計が私に当たったのでしょう。
(実はセイコー社への落胆はこれが二回目ですが。以前書いたエッセー参照のこと)
1000個のうち1個くらいはそういうこともあるでしょう。
新品交換ですから、文句は言えません。
しかし、よく見ると秒針が12時を指す時、
文字盤の最上点に針が一致しないのです。
多分、気にするほどでもないのでしょうが、私にはあまり気持ちが良くない。
そして日にちの設定がなかなかうまくいかない。
お昼に翌日の表示に変わっていたり。
さらに、重労働となると、ネジが知らぬ間になくなっている。
まだ保証期間中ですが、もう諦めました。
使う気になれません。
またも失敗。
やはり安物はダメなのか。
どうしてそれほど落胆するのか?
そこには愛着の問題があると思います。
私の場合ですが、使っているものには愛着を覚えます。
車も家も高級品ではないもののそこそこ快適で、信頼できる。
次の車もやはりトヨタかな、と自然に思ってしまいます。
多分、愛着は人間関係にも言えることでしょう。
「伊勢物語」でも奥さんへの気持ちをそんな言葉で表現している部分がありました。
唐衣きつつ慣れにしつまあれば、というあたり。
激しい恋愛感情というより、慣れ親しんだ人への愛着。
それはとてもよくわかります。
そして、そうした愛着が煩悩の種となると悟った時、
日本の詩人は旅に出るのですね。
西行、芭蕉、皆そうです。
ともかく愛着があるがゆえに、信用が傷ついた時、
必要以上に落胆するのではないかと思います。
最初にセイコー社の時計に落胆した時、私は本社に手紙を書いています。
2度の修理でも異常無しと返事され、それでも或る日突然
数時間の誤差が生じているという事態でしたから。
全額返金に応じてもらいました。
そのお金でスイス製腕時計を買ったのです。
今回、セイコーをもう一度試してみようと思ったのですが、
やはりダメでした。
私の過酷な状況には適さないということです。
次の時計を探しました。
スイスアーミー社のものを予定していましたが、
数軒店を回り、私の希望を告げると紹介されたのがカシオのGショック。
しかし、デザインが私の好みに合いません。
ごつい上に大き過ぎ、重そうで、
文字盤がごちゃごちゃしていて見にくい。
急ぎの場合、瞬時に時間が分かるようでなければいけません。
ふと「これはどう?」と家内。
「なかなかいいね」と私。
写真の右。
黒い服を着ることが多いので、黒い時計はよく合います。
厚いのですが、小さいのであまり邪魔になることもない。
しかも、用意していた予算よりずっと安い。
しかし、商品名がベイビーG!
これはかなりひどい命名。
ベイビーなどと記された物を身につけられるか?
これは子供用か、女性用の時計かと尋ねると、
カシオの時計は皆、ユニセックスだという返事。
「ベイビー、いいんじゃない?」家内はニヤニヤ。
「これは黒字で書いてあるから見えないわよ」
そこで購入に至った次第。
カシオのサイトで調べてみると
ベイビーGとはやはり女性用であるらしい。
「こんなの女の子がつけるわけないでしょ」と家内。
しかし、そうでもないのかもしれない。
ともかく、今のところとても満足しています。
求めていたのは、プラスチックの塊のようなベイビーGだったのか。
さらにもう一つ気付いたことは、私が時計を知らなすぎるということ。
あまり関心がないのです。
だからどうでもいい。
そして間違った選択をしてきたということ。
愛用するものはやはり慎重に選びたいものですが。
先日、オーストラリアの田舎に住む女性の友人が
新しい車を買いたいのだけれどと相談してきました。
車なら私はそこそこ詳しいと自惚れています。
「燃費のいい4輪駆動がいいのだけれど」
「それならマツダのCX5だね」
「それ、試乗したことがある。安心した。それにする」
よく知っている商品なら間違えずに選べるし、
アドバイスもできるのです。
時計というのは、私にとって車を買うほどの真剣さが必要でない、
しかし、愛着が生まれやすい、
そこで問題が生まれやすいものなのでしょう。
時間が狂うとか、ネジが飛ぶなどということで
必要以上に落胆してしまうのです。