HANADAYORI NIGHT Music & Ikebana Performance2023年9月にサイゴンで生け花パフォーマンスを行いました。和・メルボルン生け花フェスティバルのPR、そして、和・メルボルン生け花フェスティバルの主要スポンサーであるメタセンツの香水の新製品の発表会でもありました。この香水、HANADAYORIシリーズは、和・メルボルン生け花フェスティバルのひとつのプロジェクト、HANADAYORIにちなんだもの。HANADAYORIは、世界中から募集したリクエストに、世界各地の生花...
2023年9月24日
2023年9月20日
自由花の教え方

このブログでは外国人に生け花を教えるのは難しいという話を何度もしてきました。しかし、そうした問題に拘って考えるという方はあまり多くはないのかもしれません。考えだすと大きな問題になってしまうので、面倒なのかもしれません。生け花が、その最も重要な部分が理解されずに海外に広まるということ。まるでフラワーアレンジの一種として受け入れられ、教えられているということ。「金になればいいんだよ。黙っていろ」というような方もあるでしょうが、日本文化が誤解され、その本質が理解されないまま広まっているということに、何か納得できないものを感じる、という方はないものでしょうか。海外における生け花の現状に不誠実なものを感じるという方はないものでしょうか。最近、ある生け花展に出かけました。出展者はほとんど外国人です。ひとにぎりの優れた作品があるのに、大部分の作品には何かが欠けているのです。何だろう?それは、生命感。生け花の生命です。どうしてこのような作品になるのだろう?ああ、もしかすると、自由花を学ぶ方法に問題があるのかもしれない、と思い至りました。自由花のお手本があり、そのお手本のデザインを真似しているのだろうけれど、お手本の本質は見落としているのではないか。その本質とは、生け花の生命、あるいは詩性。すると、自由花の教え方では、基本型を教える場合のように外に現われたデザインやスタイル中心で教えてはいけないのではないか。大部分の生け花コースは、自由花の指導においても安易な形態重視の指導を繰り返していますが、それでは生け花の本質は教えられないのではないか。西洋アレンジメントならそれでいいのかもしれませんが。形態に注目させるのではなく、もっと生け花の内的な機構に注目させるような教え方でないといけないのではないか。そんなことを考えて、生け花道場の指導方法ももっと吟味していこうと思ったのでした。以下のような広告文を英語で書いて、Googleで日本語に翻訳してみました。Application...
2023年9月15日
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