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2019年1月30日
環境芸術における美学と倫理
環境芸術においては倫理の問題が重要になってきます。
つまり、どんなに美しい作品であれ,
倫理的でなければ(すなわち、環境破壊の要素を含んでいれば)、
環境芸術として成り立たない、
環境芸術における美学も損なわれる、ということです。
生け花についても同様の問題が生まれてくるでしょう。
さて、倫理!ですが、これがなかなか難しい。
特に環境芸術における倫理となると、確固としたものではない、
変化するということが一層問題を難しくしています。
新しい知識がもたらされることで、ガラリと認識が変わってしまうことがあります。
例えば、豪州クーインズランド大学のTed Nannicelli は、The Interaction of Ethics and Aesthetics in Environmental Art (2018)という論文で、ヘリウムガスの入った風船を空に飛ばす環境芸術作品について、環境への負担が少ない、倫理上問題なく、美学を損なうことがない作品の例である、としています。
ところが、空に飛ばされた風船はやがて海に落ち、野生動物がクラゲと間違えて食べてしまうということが分かってきました。その結果、死んでしまう野生動物が多い。そこで最近は風船を飛ばすことをやめようという環境保護キャンペーンが起こっています。風船はピンで穴を開け、ゴミ箱へ(Pin it, Bin it)、というようなメッセージを発しています。
この新しい知識を持って、Nannicelliのあげた例を見直すと、
これはだめじゃないか、となるわけです。
私たちの環境倫理が今、非常な勢いで変化している、
成長しているように思います。
2019年1月20日
生け花における美学と倫理
美と倫理は関係があるのか?
西洋芸術の論者は哲学好きですから、こうした問題もよく議論されます。
芸術至上主義などという言葉が日本ではあるようです。
おそらくオスカー・ワイルドの一部の代表作などを評するのに使われる立場でしょうか。
つまり、美に倫理はあまり関係ないという立場でしょう。
そういう立場は、モダンから現代芸術においても、強いように思います。
おそらく(というのは私の専門分野でないので、自信はないのです)
モダン以前、芸術は倫理に強く影響されていたと言えるでしょう。
しかし、モダン以降の芸術には芸術を倫理から解放するのだ、という志向があったのではないでしょうか。
ところが、環境芸術においては少し異なります。
倫理の問題が重要になってきているのです。
それが非常に複雑な問題を抱えています。
さらに、美と倫理の問題は、生け花においても問題になってくると思います。
現代芸術と生け花の接点に、環境芸術の一つの可能性があるのではないか。
環境芸術における倫理の問題は、宗教性、精神性の問題にも関わってくるのではないか。
続きはまたいつか。



