華道家 新保逍滄

2017年4月25日

21世紀的いけ花考 第57回




 日本文化の本質は禅だとして説明するとウケがいいですね。分かり易いのです。禅にはすぐれた解説書、入門書がたくさんあります。「そうだと思ったんだよ」という反応になり易い。それで日本文化が分かった気になるわけです。しかし、少し考えると疑問点がたくさん出てきます。

1、禅宗は日本仏教の中で必ずしも大勢力ではない。日本の仏教で最大数の信徒を有するのはおそらく浄土真宗でしょう。日蓮宗系も大勢力です。なのになぜ禅が日本文化の代表のように言われるのか?

2、いけ花も禅と関連させて語られることが多いですね。鎌倉時代に成立した臨済、曹洞を主要なものとする禅が、室町期に成立し、今日にまで伝わる日本的な文化、茶、いけ花、能などに影響を与えた、と。日本中世に権力を握った武士階級で禅が流行ったということでしょう。

 ところが、日本国内におけるいけ花の最大流派は池坊。池坊は禅宗ではなく、天台宗。禅も天台仏教に含まれるという面はありますが。この辺りの問題は、私の独断的「いけ花における二極構造論」に関連していますが、それは別の機会に。ともかくいけ花は禅文化と言い切るのは証拠不十分では?

3、メルボルンの中国の禅寺を見て驚いたことがあります。中国の禅寺は実物を見たことがないので、間違っているかもしれないですが、私の第一印象は「美意識が違う」。清浄さ、侘び、簡素さといったいわゆる禅的なものが感じられないのです。もちろん個人的な印象でしかないですが。禅が日本的美意識に結びつくと言い切っていいものか?では、私の言う禅的な美意識とはどこにあるのか?日本の禅寺を除けば、最も顕著なのは神社です。日本の禅寺の清浄さは禅というより神道の影響ではないでしょうか?

 そろそろ字数制限ですので、今回はここら辺で。次回は日本文化(いけ花を含めて)は禅文化だという一般的な見解に対する素朴な疑問をもう少し積み重ねていきます。そして、一つの素人の仮説にたどり着こうと思います。 

 今月の作品はフィッツロイのちょっとさんへ生けたもの。とても人気だと連絡をいただきました。商業花ではシンプルなデザインを生かしたほうがいい場合が多いようです。

  4月には環境芸術といけ花について日本の大学や国際学会で話す予定です。また、29日にはサウス・メルボルンのMade in Japanでいけ花デモンストレーションを行う予定です。5月27日にはちょっとでワークショップも開催予定。ご都合がつきましたら是非お越し下さい。

Shoso Shimbo

ページビューの合計

Copyright © Shoso Shimbo | Powered by Blogger

Design by Anders Noren | Blogger Theme by NewBloggerThemes.com